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海軍の凱旋

 海軍とは、男の憧れの職業だ。


 らしい。最近すっかり海軍の物語にハマっているダミアンが、どやっ、とした顔で自慢げにそう解説してくれた。


 この国の港街は海賊の被害に遭うことが多く、海路を行く貿易船を守るため海軍が発達している。


 この度、その海軍が大きな海賊の元締めを捕らえ、その功績で褒賞を与える記念式典が開催された。


 その式典には、古臭く堅苦しい正装で参加した海軍と、我が商会の開発した動きやすく身軽な制服(冬仕様)に身を包んだ近衛隊が並んだ。


 そして何が起こったかというと。


 「ずるいずるいズールーいぃー! なんでアルマンばっかりそんないい制服着てるんだよ! 海軍もそっちがいい!」


 海軍の偉い人——近衛隊隊長の同期らしきその人物——が駄々を捏ねまくったという。


 アルマン隊長に呼び出されて王城へ訪れた私は、高位貴族としてはちょっと変わった性格のそのお方、第一海軍船長殿は私の前でも盛大に駄々を捏ねていた。


 「で? その子がその制服を開発してくれたって子? うわぁ、かわいいね! 僕はレオロン、よろしくね!」


 貴婦人に対してするように私の手をとって手袋越しにくちづけたレオロンさんは、子供のように駄々を言っていた時とは打って変わって、キザな仕草でウィンクした。


 何だろうこの人、情緒不安定なのかな。


 私がポカーンとしていると、隊長さんが頭の痛そうな顔で額を抑えた。


 「調子に乗るな、レオロン。この方はファゴット商会のヴィオラさんだ。夏の蒸れて汗臭い近衛隊を涼やかにしてくれた恩人でもある、礼儀正しくするように」


 「はいはい。それでさ、僕ら海軍っていうのは港で活動するから、冬はさっむいし夏は潮風でベッタベタになるわけ! ファゴット商会っていうのは制服に着心地の良さも追求してくれるブランドを持ってるんでしょ? ぜひ僕らの制服も作ってくれないかな」


 「それは私の一存では決めかねますし、国の許可と予算などが付くのであればお仕事はお受けしますが……」


 「付く付く! 絶対付けて見せるって!」


 それにしても、冬は「さっむ」くて、夏は「ベッタベタ」に対応できる制服かぁ。夏用と冬用で分けるにしても、色々考慮しないといけないものが多そうだ。


 まずは勤務の状況や今の制服に対する不満をヒアリングする。

 

 「海に転落した時用の、浮き付き安全ベストを上から装着できるようにもしておきたいかな。航海服は陸用の制服とはまた別物なんだけど、陸にいる時でも急に航海に出ないといけなくなることもあるからね。それに近衛隊とは普段の運動量が段違いだから、特に動きやすさには気を配ってほしい」

 

 

 なんと、海軍は船のメンテナンスや修繕なども自分たちで行うそうだ。


 そういった泥臭い仕事にも対応できて、それでいて国軍のエリートとして遜色のない気高さのある制服。


 それから私は家に課題を持ち帰って頭を悩ませていた。


 冬服はまあいい。厚手で丈夫な生地にして、それに対して立体裁断で動きやすく着心地も追求すれば済む話だ。


 問題は夏。


 ベッタベタな潮風の中涼しく過ごせるようにするのは、なかなか難しい。

 ファゴット商会の紳士服ラインのように、薄手のリネンに繊細なレースだと、流石に海軍の仕事には耐久性が乏しいだろう。近衛のように普段は王族のそばに控えているというわけでもなく、屋外で作業するというのだから。


 レオロンさんのあのたくましい腕を見ていれば、自ずと海軍の仕事の過酷さは窺われる。


 待って……、たくましい、腕?


 基本的に貴族の服は長袖だ。平民のように半袖は着ない。平民の半袖は、元々長袖だったものがほつれてちぎれて短くなってしまったものが多い。そういう意味でも半袖はみすぼらしいという偏見があるし、貴族の服だと半袖は女性用ドレスのイメージも強い。

 

 それに貴族の男性はまず肉体労働をしない分、ひょろりん、とした体型の人が多く、半袖になると何というかこう、うん……、という仕上がりになってしまうのもある。


 でも、半袖にしてその端に流麗な刺繍を施せば、見窄らしさは改善できるのではないだろうか。それに、海軍ならたくましい腕を晒して過ごしている分には、見ていてバカにする者もいないだろう。


 むしろ女性たちから人気が出るかも。


 頭の中で、比較的体格が良く、剣技も得意らしいダンヒル子爵に半袖の制服を着せてみる。


 ……いいかもしれない。


 「というわけで、半袖なら夏場も涼しいですし、女性からの人気も出るのではな……」


 「賛成賛成さんせーい!」


 半袖に眉を顰める貴族男性もいるから、どうかなと思いつつメリットを提示してプレゼンしていたところ、レオロンさんは食い気味に賛成票を投じてくれた。


 「そっか、二の腕の筋肉って女性から見てときめくものなんだ? それを晒して涼しい上にモッテモテ大作戦ってわけだね。君って天才だよ!」


 レオロンさんは形のいい瞳をキラッキラさせて食いついてくる。


 この人、顔はいいのに残念な性格だなぁ。


 ひとまずその方針でデザイン案を作り、レオロンさんからの許可を得て試作を行った。

 紺色の水夫襟(セーラーカラー)に、半袖で袖にはしっかりと刺繍を施してみすぼらしくならないようにする。

 ダミアンが海軍に憧れていたので、ついでにダミアンの分も作った。


 「んもう、かんっわいいいいいいい!」


 私ってば本当に天才かもしれない。

 海軍風の服に身を包んだダミアンは、あまりにも可愛すぎた。

 子供と水夫襟って、こんなに相性が良かったのね。


 さて、半袖の制服が使用されるのは来年の夏だけれど、せっかくだから海軍に許可を取って海軍風の水夫襟子供服も制作しちゃおうかしら。

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