裁判の行方
忙しいけれども楽しい仕事と違い、ひたすら煩わしいだけだった裁判にようやく決着がついた。
元夫はシャーロットから完全に存在を無視されたのがよほど効いたのか、意外にも裁判では素直に全てを自供していた。
あれだけ父親として全く無責任だったのに、いざ父親扱いされないとなると落ち込むだなんて、勝手な話だ。
裁判結果として、元夫からの慰謝料は……正直借金漬けだから取れないが、とにかく二度と近寄ってこないことは法的に約束させることができた。貴族が平民(それも実娘)を誘拐しようとした事件だから実刑はつけられないけれど、社会的には完全に失脚した形だし、まともに働く能力のないあの人が平民に落ちぶれたのなら十分な罰かな。正直実刑判決が出て刑務所で暮らした方が、まだ衣食住が保証されている分マシだったんじゃないかと思う。
仕事もないし、資産もない。その上家もないんじゃ、どうやって生きていくんだろう?
まあいいか。
いずれにせよ、私はもう二度と関わらないで済むなら満足だ。
そして、男爵位も剥奪となった。その代わりとして、ダミアンがホースグランド男爵家当主となる。当面はダンヒル子爵を後見人として、ダンヒル子爵が表向きの代理、ファゴット商会が実務面の代理となる形だ。
それに伴い、領地へ一旦視察へ赴くことになった。泊まりがけだから、当のダミアンはシャーロットとお留守番。
ホースグランド男爵家は、王都近郊にある農村地帯だ。村としては三つ程度を有するだけだけれど、酪農を産業として王都へ乳やチーズを提供しているので、面積はそれなりに広い。
借金漬けの元夫がしばらく管理していた土地だ。厄介なことになっていなければいいけれど。
「粉挽小屋の水車が故障して困ってるんです。何度も前男爵様には陳情を上げたんですが……」
やっぱり厄介なことになっていた。
急いで水車の修理を手配する。水車は特殊な資材が必要な上にお金もそれなりにかかるから、村人だけでは修理できなかったようだ。
「想像以上に放置されているな。前々男爵殿は有能な方だったように記憶しているが」
「先代様は投資で財を成したりもなさっておりましたからね。それをここまで傾けるとは。私が結婚していた時代も上手く止められず、領民の生活を背負っているのに恥ずかしい限りです」
「君が気に病むようなことじゃないだろう。男爵夫人時代のことは知らないが、今を見ているだけでも立派にやっていただろうことはわかる。ダミアンも幼いのに聡明で立派な子じゃないか。これからのホースグランド男爵領は安泰だよ」
その言葉で、ずっと心につっかえていたものが取れたような感覚がした。私、自分では自覚がなかったけれど、男爵領のことはずっと気に病んでいたんだな。元夫や義母が勝手に身を持ち崩すのはどうでもいいけれど、それに付随する領民の生活には、税で生活していた男爵夫人時代の私にも責任があった。
もう少し何とかできたんじゃないかとずっと思っていたけれど、過去を悔やむよりこれからのホースグランド男爵領を安泰に保っていこう。
他に何か困っていることはないかと聞いて回ると、逆に村民たちに歓待されてしまった。
どうも今まで放置されていた分、視察に来たこと自体が嬉しいらしく、あれを飲めこれを食べろと村の特産品をどっさり渡されてしまう。
「あの、私たちはご馳走になりに来たわけではないのですが。むしろ本当はもっときちんと面倒を見なければいけなかったのに、ごめんなさい」
「何を言うとるですかぁ! ここまでご足労いただけで嬉しいですよぉ。さあさ奥様、こちらのチーズをどうぞ。一年熟成させたもんで、美味いですよ!」
気のいい村人が早速酔っ払っている。
「お、奥様って……」
「おんや、旦那様と奥様じゃないんかい?」
「私はダミアンの母で、こちらはホースグランド男爵家の後見人を務めてくださっているダンヒル子爵ですよ」
「ダミアンはまだ幼いのでな。ダミアンが立派に育つまで、きちんとホースグランド男爵領は見守るゆえ、安心して欲しい」
男爵が6歳児ということで領民が不安を覚えないよう、ダンヒル子爵がしっかりと補足をしてくれる。
「こんな立派なお方々に見ていただけるなんて、ありがてぇなぁ」
「ありがてぇありがてぇ」
村人たちはますます陽気になり、ついには歌ったり踊ったりし始めた。さながら祭りの様相だ。
「ふっ、なかなかいい領地じゃないか」
「そうですね。私もあまり来たことはなかったのですが、和やかでいいところです」
嫁いだ当初はシャーロットがまだ幼く、育てるのでいっぱいいっぱいだったし、その後はダミアンが産まれたので尚更領地へ来る機会は無かった。税収の確認とか書類上の仕事はこなしていたけれど、領地への視察に関しては元夫に一任していた。……今考えると良くなかったなと思うけれど。
その日は村長宅に泊まらせてもらった。ダンヒル子爵も高位貴族なのに村の家でいいのかと聞いたが、「これはこれで経験になっていい」と鷹揚に笑っていた。




