孤児院へ
孤児院の授業でメキメキと頭角を現している子がいるという。
商会も次々ヒット商品が出るのはいいのだけれど、その分だけ人手不足に拍車がかかっている。もし既に戦力になり得るだけの実力を持っているのであれば、ぜひ雇いたいところ。
そう思って慰問がてら孤児院に訪問することにした。
いつも、子供達の面倒を見に訪ねているシャーロットも一緒だ。
「お母様、それでね、ノエルという女の子は今13歳なのですけれど、とても賢いのですよ。ビヴァリー先生の授業を吸収して、読み書きだけじゃなく計算も身につけているのです。字も綺麗ですし、他所から写本のお仕事なども取ってきているのですって!」
「それは素晴らしいわね。お手紙のやり取りなんかも定型文で済むものは任せてしまおうかしら」
活版印刷機というものも開発されてはいるが、手間がかかるため国の布告や重要な本の写しを作るなどの目的でしか使われていない。
一商会のお得意様へのお伺いの手紙なんて、いちいち手書きするしかないのだ。その上計算まで出来るなら、もう即戦力と言ってもいい。
孤児院にたどり着くと、子供達は、「シャーロットさまー!」と嬉しそうに駆け寄ってくる。随分と懐かれているみたいだ。
「シャーロットさま、シャーロットさまのおかあさま、こんにちは!」
「こんにちはー!」
元気いっぱいな挨拶が可愛らしい。
商会で母親が働いている日中は孤児院へ預けられている子供たちも、一緒にいる。
「はいこんにちは。ヴィオラです。みなさんよろしくね。ビヴァリー先生はどちらかしら?」
ちょうど授業をやっている頃のビヴァリー先生の場所を尋ねる。
旧礼拝堂は、長椅子を脇に寄せて机が並べてあり、みんなで勉強できるように整えられていた。
紙は高いので、みんな石板に石灰質の粉を固めた白墨で勉強している。
基礎的な読み書き計算はエリム院長が以前から教えていたらしく、ビヴァリー先生が講義している内容はそこからさらに一歩踏み込んだものへとなっていた。
桁数の多い複雑な計算の他には、王国の歴史や税制度なども講義しているようだ。そのあたりのことを知っておくと、社会に出て生きていくのにも役に立つ。特に税制度関係の処理ができる人は貴重なので、安定した就職先も見つけやすくなるだろう。
そういったことまで考慮して授業内容を決めてくれているビヴァリー先生はさすがだ。
「ヴィオラ様、わざわざご足労いただきありがとうございます」
「こちらこそ授業中にお邪魔しちゃってごめんなさいね」
「それで、本日は例の……」
「ええ、商会で働いてくれる子を探しているの」
えっ、と話を聞いていた子供達が驚いて振り返る。
中にはそわそわと、期待に目を輝かせている子たちもいた。大手商会は、孤児院出身としては破格の奉公先だ。
特にシャーロットが紹介してきたノエルという女の子は、体が弱くて肉体労働系の奉公に出ることができず、そのことを気に病んでいたらしい。ビヴァリー先生が孤児院に授業へ赴くようになってからは、勉強をたくさん頑張って、腕力がなくてもお金を稼げるようになりたいと張り切っていたそうだ。
机の前には、人一倍聡明そうな顔立ちの、華奢で痩せた女の子がいる。あの子がノエルちゃんかしら?
「私、働かせていただきたいです! 読み書きも、乗算も除算もできます。一生懸命お仕事も覚えます! どうか働かせてください!」
その華奢な女の子が積極的に手を挙げてくれる。うん、意欲もバッチリみたい。
「ヴィオラ様、このノエルは孤児院でも特に優秀な子です。もう13歳になりますし、商会で働くにも申し分のない能力があると思います。ぜひ雇ってあげていただけませんか」
ビヴァリー先生としても推薦するくらい能力のある子みたいだ。
「いいわ、ぜひ働いてちょうだい。シャーロットからもノエルさんの話は聞いていたの」
「シャーロット様が……」
ノエルちゃんが嬉しそうに、にこっと笑った。そうすると大人びた顔立ちが一気に幼くなる。
「じゃあ、これからよろしくお願いしますね、ノエルさん」
大人の世界に一歩踏み出したノエルちゃんは、元気いっぱいに頷いた。
ノエルちゃんを引き取ったら、まずはバイロンのところへ挨拶に連れていく。
これからはバイロンの下で働いてもらう形になるだろう。ずっと助手が欲しい助手が欲しいと言い続けていたのだ。だからと言って、ブティックの店主であるバイロンの助手は重要な立場なので信用できない人を雇うわけにもいかず、今まで困っていた。
ノエルちゃんだったら、赤ちゃんの頃から見ている孤児院の院長先生から人柄も保証されている。
孤児院の下の子達にお菓子をいっぱい買ってあげるのが夢なのだそうだ。そのために1日のお給料と、生活費に必要なお金、余剰分の資金を計算して、何日働けば何個のお菓子が買えるか計算までしていた。
内容は微笑ましいお菓子の軍資金帳簿だけれど、その収支計算が書かれたノートは立派な仕上がりで、バイロンの目が輝いていた。
「素晴らしい。これなら即戦力になりそうです」
そうして、ノエルちゃんの新生活が始まったのであった。