ティー・ガウン
誘拐未遂事件の裁判手続きを進める傍ら、ご懐妊中の王妃陛下に献上する、ティー・ガウンの制作も進めていく。
バタバタしているうちに、季節は冬に差し掛かっていた。
「王妃陛下といえば、若かりし頃からデイジーの花模様を好んで纏っていらしたとか。帯にはデイジーの花模様を刺繍しましょうか?」
「そうね、それがいいと思うわ」
ティー・ガウンは、元々部屋着を軽いお茶会に参加できる程度まで装飾を施した室内着である。この国ではまだ流行っていないけれど、紅茶が人気の隣国では、お茶会着としてそれなりに流行っていると聞く。
ガウンを羽織って帯でウエストを締める形だから、コルセットを緩めて着用することもできるし、もちろんコルセットなしでも着れる。
産前の腹帯なども目立たない形で隠すことができるから、ちょうどいいのではないかしら。何より、お腹が膨れていっても着られるデザインなのが良い。
デザイン案をしっかり詰めて、王妃陛下のご意見も伺いつつ、出来上がったドレスは素晴らしいの一言に尽きた。
柔らかく肌触りのいい、乳白色の薄布を幾重にも重ねてあって、動くたび、流水のように優美に揺れ動く。
お腹の重みで背筋をまっすぐに保てなくても、たっぷりとドレープを効かせたシフォンが姿勢をうまく隠してくれるようにもなっている。
体を締め付けるような部分はどこにもなく、ゆるく肩にかけられたガウンを、ウエストの帯が柔らかく留めていた。
そうして出来上がったティー・ガウンを献上するべく、王城に連絡を入れると、直接受け取ると王妃様が仰せだと連絡が来た。
「ま、また謁見!?」
王族ってそんなにホイホイ会える相手じゃないと思うのだけれど、王妃様はよほどファゴット商会の商品を気に入ったということなのかしら?
今回は事前に連絡をいただけたので、失礼がないように入念に身嗜みも準備してから王城へ伺う。
「ごめんなさいね、また呼び出してしまって」
「いいえ、王妃陛下に拝謁する栄誉をいただきありがとうございます」
王妃陛下は以前より少しふっくらとされて、ゆったりとしたエンパイア・ドレスに身を包んでいる。お腹のお子様の成長は順調そうだ。
「少し静かに話したいわ」
王妃陛下がちらりと護衛の女性騎士を見てそういうと、人払いがなされて、遠くから護衛が見守っているだけとなる。
「少し静かに話したい」って、人払いの意味なのね。私も一度は男爵夫人だったとはいえ、こういう王族特有の言い回しには不慣れだから粗相をしないように気をつけなくっちゃ。
「コルセットで妊娠率に影響が出るという医学論文を読んだわ。あなたがこのドレスを流行らせてくれなかったらわたくしはまだ王妃として果たすべき役割を果たせていなかったかもしれない。本当にありがとう」
「いえ、私がしたことは大したことではございません。少しでもお役に立てたのでしたら幸いですが」
「わたくしはずっと、我慢することが王妃の務めだと思っていたの。誰よりも贅沢な暮らしを享受する分、誰よりも自分を律して、どんな状況でも優雅に美しく、疲労など顔にも出さないで。……でも、違ったわ。わたくしがそうやって我慢していたら、下の者たちも安らげない。その結果が、健康に悪影響のあるコルセットの蔓延よ。わたくしが鶴の一声で、苦しいから嫌と申していれば、子をなせず無念に苦しむ女性も少なかったかもしれないものを」
王妃陛下はその美しい顔に苦悩を滲ませた。「上のものが我慢すると、下のものも安らげない」商会で人を多く使う立場の私にも、耳の痛い話だ。私もいつも忙しくしているけれど、そういえばそんな私に付き合って使用人たちも遅くまで働いている。今度からは適切に休憩を取るようにしなくちゃ。
今まで王妃陛下と近く接する機会などほとんどなかったけれど、この国がこのような高潔な人物を上に戴く国で良かったと思う。
「そんな、王妃陛下は素晴らしい方です。人々が美を追求して極端に行き過ぎてしまうのも、仕様のないこと。ですが私は美しさと健やかさを両立させることができるようなドレスを製作していきたいと思っています。少しでもそれで、王妃陛下の安らぎの一助となれればこの上ない喜びでございます」
私は傍に置いた衣装箱の蓋を開けた。
「まあ」
下がっていた侍女を呼び寄せ、ドレスを広げた王妃陛下は感嘆の声を漏らす。
「見事なものだわ。特にここの帯……」
「王妃陛下はデイジーの花を好まれると伺っております。そちらの帯には薄紫の糸でデイジーの花を刺繍させていただきました」
「嬉しいわ。デイジーの花は夫が若かりし頃に、わたくしに贈ってくれた思い出の花なの。きっとこの帯に包まれたお腹から出てくる子は、愛に溢れた子になるわね」
ふふ、と少し照れて笑う王妃陛下は、まるで無邪気な少女のようだ。この高潔なお方にそのような表情をしていただけるドレスを作れたことが、誇らしい。
「ティー・ガウンと言うのね。嬉しいわ。ありがとう、ヴィオラ」
そうして謁見は無事に終わった。
その後、王妃陛下はティー・ガウンを好んで着てくださっていると聞く。
そして、その影響でティー・ガウンはとてつもない流行を見せ、私は「上のものが我慢していると下のものも安らげない」というお言葉を胸に刻みながらも、深夜遅くまで働くことになった。
休憩作れなくてごめんなさい、みんな! お給料は弾むね!