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元夫との面会

 ダンヒル子爵が手を回してくれていたおかげで、速やかに元夫は逮捕された。


 裁判はこれからだけれど、多分爵位剥奪まで行くのではないかという話だった。


 二度と悪さができないように貴族の権力も何もかも剥奪してくれるならばそれに越したことはないけれど、それはそれで大変になるのが我が家だ。

 元夫の血を引き、次のホースグランド男爵を継ぐ者として正当な系統にあるのは、最近6歳になったばかりのダミアンである。

 離婚前の領地経営では実務面を私が片付けていたから、まあダミアンが継ぐことになったとしてもさほど困らないのだけれど、今現在の私は非常に忙しい。いくら弱小男爵家の村三つ分しかない小さな領地とはいえ、王都近郊の食糧生産を担う重要な場所でもあるのだ。

 その上、元夫が義父の築いた財産を食い潰した挙句に散財して借金を重ねたせいで、男爵家の家計は火の車。貸主の大半がファゴット商会だからさほど問題ないとはいえ、元夫が作った借金を引き継ぐことになるのは腹立たしい。


 加えて面倒なことに、逮捕された夫の面会にまで行かないといけない。どうやら逮捕された夫が、私を呼べと喚いているらしい。そうでなければ動機も黙秘して話さないと言うのだ。

 本当にうんざりだけれど、文句を言いつつ問い詰めるため、私は訪れることにした。

 念の為にダンヒル子爵も付き添ってくれている。


 石造りの建物は重厚で、容疑者を拘留しておく建物として圧迫感のある作りだった。

 案内された面会室は、部屋が壁で二つに分けられていて、真ん中には格子のついた大窓がある。その向こうに、元夫が座していた。

 

 「ヴィオラ! よかった、来てくれたんだね。待っていたよ!」


 こいつはどうして私が来たことで喜んでいるのだろう。こっちは怒りでこいつを捻りちぎり潰したいとしか思っていないのに、何か勘違いしているのだろうか?


 「それで? どうしてシャーロットを誘拐なんてしようとしたの?」


 余計な妄言を聞くことになると思うとげんなりするけれど、動機がわかればその分裁判もサクサク進むでしょう。この男がさっさと裁かれてくれなければ、安心して寝られやしないもの。


 「誘拐だなんて、ひどいな。誤解だよ。ヴィオラが僕の娘であるシャーロットを連れて行ってしまったからね。本来の家に連れ戻そうとしただけだ。それに、シャーロットに良い縁談が来ているんだ。それを教えてあげようとしただけだよ」


 「縁談ですって?」


 「ゴールディン子爵がシャーロットを妻に迎えたいと言っているんだ」


 ゴールディン子爵と言ったら、50がらみのおじさんではないか! 

 確か領地に金鉱脈が見つかり大層羽振りがいいと聞くけれど、まさか、シャーロットを差し出すことで金銭的援助を得ようとしていたのではないでしょうね?


 「そんな話、認めるわけがないでしょう!」


 「どうしてだい? 子爵といえば男爵家よりも位が上だし、ゴールディン子爵は大層な資産家だから贅沢な暮らしもできる。シャーロットにとっても喜ばしい話のはずじゃないか」


 「シャーロットのため? シャーロットはあげるからダミアンを寄越せと言っていたあなたが? あなたまさか、シャーロットと引き換えに金銭的援助を受けるなんて約束をしていたのじゃないでしょうね?」


 「それは……」


 元夫が言葉に詰まる。……やっぱり。やっぱりそうだったのね。シャーロットをはるか年上の男に差し出して、自らは利益を貪ろうとするなど、最低だわ。

 確かに私たちはまだ平民だし、たとえ誘拐被害を訴えたとしても、男爵と子爵が組んでかかってきたらまともに取りあわれることもない。ダンヒル子爵の庇護を受けていなかったら危なかった。

 こんな風に元夫からまで身分の違いにつけ込まれるだなんて。


 「あなたは……、あなたには恥というものがないの!? 腐ってもシャーロットの父親でしょう……!?」


 悔しさで涙がボロボロと溢れ落ちた。

 どんなに腐っていても、血が繋がった父親のはずなのだ。

 

 出会ったばかりの頃のシャーロットを思い出す。適当にお菓子ばかり与えられて、教育もろくにされていなかったシャーロット。元夫は前妻が亡くなってから、家のことを取り仕切る者がいないままに放置していた。

 それでもシャーロットは新しくやってきた継母とうまくやろうと、私に向かって不器用に微笑んでいた。

 幼くして母親を亡くしたあの子にとっては、元夫こそがたった一人残った親だったはずなのに。どうしてこの男は……!


 「シャーロットは、あなたの道具じゃない! 人形でもない! 一人の、意思がある人間なのよ! それを、物を売り買いするみたいに差し出そうとするだなんて! あなたには父親としての愛情というものが……!」

  

 シャーロットに対して、親としての愛情はないの? その一言は、恐ろしくて最後まで口に出せなかった。

 答えは薄々わかっているのに、それではあまりにもシャーロットが不憫すぎて。


 「ヴィオラ……」


 隣にいたダンヒル子爵が、私にハンカチを差し出してくれた。それでとめどもなく涙の溢れる目元を抑える。


 「お義母様。そんなに泣かないでください。この男を私の父親だとは思っていません。私にはお義母様とダミアンという大切な家族がいるのですから、不幸なことなどなにもないのですよ」


 後ろの扉から、シャーロットが入ってきた。


 「シャーロット、どうしてここに」


 「お義母様がそこの男に傷つくようなことを言われるのではないかと心配で、エルに連れてきてもらったのです」


 「護衛なら僕に任せて」


 エルガディットくんが、シャーロットの手を引いたままウィンクした。

 ああ、私はなにもわかっていなかったな。シャーロットはこんなにも強く美しく育っていたのだ。

 エルガディットくんともいつの間に仲良くなったのか、互いに手を取り合って愛称で呼んでいる。

 自らの力で人生を切り開いて、私のことを心配してこんなところまで来てくれるくらい、頼りになる娘。


 一方で、凛としたシャーロットから、冷たく路傍の石でも見るような目を向けられた元夫は、一人衝撃を受けていた。


 「シャーロット……? 僕を父とは思わないだなんて、嘘だよね……?」


 「ダンヒル様。先日は私のことを娘のように想っていると言ってくださってありがとうございます。私もダンヒル様のことを父のように慕っております。いつも母をお守りくださりありがとうございます」


 シャーロットは元夫を無視したまま、ダンヒル子爵にそう言った。

 娘のように想っているとは、いつそんな会話があったのだろう。私の知らない間に行われていた交流に戸惑いつつも、ダンヒル子爵がシャーロットを娘のように想ってくれているという発言をしていた事実にホッと安堵する。この子を守ってくれる力強い大人の男は、ちゃんと存在するのだ。

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