嵐のような一日
「悪い話ではなかっただろう?」
「良すぎる話は悪い話並に心臓に悪いですよ!」
王城から屋敷に帰すると、ちょうど訪問してきたダンヒル子爵からそのように言われた。
確かに処罰とかそういう話ではなかったけれど、過ぎた栄光は身を滅ぼす原因にもなる。それに立場も責任も今とは段違いになってしまうのだ。私は元々お気楽な平民だというのに。
いやでも、可愛い可愛いシャーロットを守るためだと思えば確かに良い話なのだろうか?
近頃は、子爵令嬢アイリスと頻繁にお出かけしているシャーロットを見染める貴族男性も増えてきているし。平民の不逞の輩は護衛をつければ問題ないけれど、権力にものを言わせる貴族男性にはこっちも権力を振り翳さないと対抗できないものね。
そういう意味ではお子に恵まれないことに悩んでおられた王妃陛下に、ある意味恩を売れたのは良かったかもしれない。
コルセット、どう考えても体に悪いだろうなとは思っていたけれど。まさか不妊の原因にまでなるとはね。
さて、そうとなれば王妃陛下にはご懐妊中でも着やすいドレスをさらに献上しようかしら。繋がりを強化すれば可愛い娘を守る力になると思えば、頑張る気力も出てくるというもの。
室内着のガウンを改良して、ゆったりお茶を飲む時などにも使えるティー・ガウンを作りましょう。社交の場にも出られるくらい優美なデザインにして、けれども部屋着と同じくらい楽な服を。
「ふむ、それは確かに良いアイディアかもしれんな」
ダンヒル子爵に新商品のアイディアを相談していると、猛烈な勢いで屋敷のドアノッカーが叩かれた。
「なに? 一体どうしたのかしら」
使用人が玄関先まで訪問者を出迎えにいくと、開いた扉からまろび出るようにエルガディットくんとヴォルクくんが入ってきた。
「どうしたの? 二人とも」
今日は二人ともブティックの警備を担ってくれている日だったはず。四人いるから、残りの二人がブティックに残ってくれているのかしら?
「シャーロットお嬢様が何者かに連れ去られそうになって、護衛の者たちから応援に呼ばれたのです。護衛の者たちはその不審者を衛兵のもとへ連れていくとのことだったので、我々がお嬢様をご自宅まで送り届けることになりました」
な、なんですって?
説明してくれるヴォルクくんの後ろから、青ざめた顔のシャーロットが現れる。
「シャーロット! 大丈夫!? 怪我はない!?」
慌てて駆け寄り、怪我などないか見て回る。
「大丈夫です、お義母様」
「怪我がないならいいが……。不審者は全員捕えたのか?」
「はい、捕えました。そこで護衛の一人が伝令としてブティックに来て、僕たちがシャーロットお嬢様をお屋敷まで送ることになったんです。ですが……、その襲ってきた輩が言っているのが……」
「自分たちは家出した貴族のお嬢様を連れ戻すように雇われただけだと。誘拐なんてするつもりじゃなかったと主張しています」
口々にエルガディットくんとヴォルクくんが説明してくれる。
……それにしても、家出した貴族のお嬢様、か。
「まさか、誘拐犯が連れて行こうとしていた場所って……」
「ホースグランド男爵家です」
「やっぱり……」
私は嘆息した。
元夫のことをクズだクズだとは思っていたけれど、ここまでだなんて。
それにしても、シャーロットを連れて行ってどうするつもりだったのかしら。まさか、身代金目当てじゃないでしょうね。
「ダンヒル子爵様、その……」
「ああ、わかっている。衛兵への被害報告には私も付き添おう。それに、法務局にも手を回しておこう。だが、今日はもう遅い。二人とも動揺しているだろうが、休んだほうがいい」
平民が貴族に誘拐されかけた、それも実の娘ともなれば、まともに衛兵は動いてくれない。そのことを知っているダンヒル子爵は、衛兵への被害報告にも付き添うと言ってくれた。
本当に、あの時ダンヒル子爵との知己を得ていなければ、私たち親子はどうなっていたことだろう。
重ね重ねお礼を言って、家にあった焼き菓子なども持たせて子爵とエルガディットくんたちを見送った。
「本当にあなたが無事でよかったわ、シャーロット」
「お義母様がつけてくださった護衛のおかげです。それにしても、お父様がこんなことをしでかすなんて、なにを考えているのかしら」
「なにも考えていないか、考えているとしてもきっと碌でもないことだわ」
「本当に! ……ふふ、お義母様。ねえ、私のおかあさまになってくれてありがとう」
シャーロットは突然居住まいを正すと、私にぎゅ、と抱きついてきた。
「急にどうしたの? シャーロット。あなたはもちろん私の大切な娘よ」
「ううん、私の家族も帰る家もここにあるんだな、って。実感しただけ」
きっと大層怖い思いをしただろう。今日はダミアンとシャーロットと三人で眠ろうか。貴族じゃないのだもの、ベッドに三人でぎゅうぎゅう詰めになって寝るのも良いかもしれない。




