Side:シャーロット2
聞いてしまった。
お義母様が再婚を考えない理由。女性が一人で身を立てるのは難しいのに、それでも商売を頑張っているのは、ただ商売が好きなだけじゃなかった。
私のためだったのね。
うれしい。
けれど、少しショックでもある。私はお義母様の足枷にはなっていないかしら? お義母様が幸せになるのに、私の存在が邪魔になってしまったら?
もちろん、お義母様が今の家族に満足していらっしゃることもちゃんとわかっている。私を愛してくださっていて、仲良く暮らすだけでも幸せだと思ってくださっていることも。
でも、やっぱりお義母様には幸せになってほしい。
私はどうしたら良いのだろう?
思い悩んでしまい、家の庭に出て花を眺める。お義母様と一緒にお世話している薔薇の生垣だ。「よく育ったら薔薇のジャムにして一緒にお茶をしましょうね」と約束した。
その薔薇を眺めていたら、なんだか胸がいっぱいになってしまって、涙が溢れてくる。
「シャーロット嬢? どうした、何か辛いことがあったのか?」
その時、帰り際だったダンヒル子爵が馬車留めから私の姿を見かけたらしく、声をかけてきた。
「あっ……、みっともない姿をお見せしてしまって、ごめんなさい。なんでもないのです」
「なんでもないということはないだろう。君のことはヴィオラからもよく頼まれているし、私も君を娘のように想っているよ。言い難いことだったら無理に話す必要はないが、何か困っていることがあるなら遠慮することはない。私が力になろう」
「あの、じゃあ相談しても良いですか?」
誰かに聞いて欲しくて、でもお義母様には相談できない。そんなことはこれまでで初めてのことだった。お義母様には今までなんでも相談できて、なんでも助けてくれたのだもの。
ダンヒル子爵は私を馬車へと導くと、その中でお話を聞いてくれた。
「さっきのお話、私聞いてしまったんです」
「さっきの話? ああ、あの……。なるほど、そういうことか」
「お義母様が今の家族の形で満足してくださっていることもわかるのですが、私がお義母様の足枷になってしまったらと思うと、苦しくて。だって、お義母様はあんなに綺麗で優しくて、愛情深くて、ちょっとお茶目で可愛らしい一面もあって、お仕事も有能で、きっとお義母様をお慕いしている方はたくさんいらっしゃるわ」
「君たち親子は、本当によく似ているなぁ。ヴィオラもよく、君がいかに可愛らしくて優しくて聡明か、熱弁しているよ」
子爵は微笑ましそうに、言い募る私を見るとくつくつと笑った。
血のつながらない私たちだけれど、似ていると言ってくださって本当に嬉しい。
「確かに、密かにヴィオラを想っている者は多いだろう。かくいう私もその一人だからな」
「えっ? 子爵様が!?」
確かにお義母様を見る目線がとても優しいとは思っていたけれど、そこまではっきりと自覚している感情があるとは気づかなかった。でも、思い返してみれば納得できる話だ。出資の話とは別に、頻繁にお義母様に会いにきていらっしゃるもの。
「まあ、片思いだがね。いいかい、ヴィオラが愛するとしたら、君も含めて全員が幸せになれるような相手を選ぶはずだ。ヴィオラは君が足枷となるような恋など最初からするまい。だから君は何も心配することはないのだよ」
「子爵様……」
確かに、私が足枷になるような恋をお義母様がするわけがない。お義母様が恋愛するとしたら、私を決して邪魔者扱いせず、ともに家族になれるような相手を選ぶはずだ。子爵様のように。
だってお義母様は私を溺愛してくださっているもの。最初から、私が足枷になるような相手を好きになるような人じゃないのに、足枷になっちゃったらどうしようなんて、お義母様に失礼だったわ。
反省しなくっちゃ。
そうだ、お義母様の方は子爵様をどう思っているのだろう? 私から見たら、好感度は相当高いように思えるのだけれど。
元気になった私は、俄然子爵様とお義母様の恋に関心が出てきた。私だって年頃の女の子ですもの。色恋の話は大好物なのだわ。
身分の違いはどうなるのかしら? お義母様のどんなところに惹かれたのかしら?
気になることはいーっぱいあるのだ。
ついついキラキラした好奇心の目で子爵様を見つめると、「気になることがあるなら遠慮なく聞くがいい」と子爵様は折れてくれた。なんだか本当に、優しいお父様がいたらこんな人なのかしら? と思ってしまう。
「身分の違いは、むしろ少し都合がいいのだ。身分が低いから好きになったわけではないが、私の立場は、位の高いご令嬢と結ばれるには少し厄介でね。私の母は男爵令嬢で少し位が低く、父に横恋慕した伯爵令嬢に夫を奪われ家から排斥されて、今は市井で暮らしている。伯爵令嬢である私の継母は男児を産んだから、家督争いが生まれたわけだ。私は秩序を守るため、中継ぎとして伯爵家を継ぐつもりだが、その次は弟かその子に位を譲ろうと思っているのだよ」
曰く、子爵様が身分の高いご令嬢を妻に迎えた場合、子爵様の子と弟さまの子との間で血統の尊さが並び立ち、次代の家督争いが激化する危険が高いらしい。それに下手に身分が高いご令嬢と結婚しようものなら、弟派の人からご令嬢の命が狙われてしまう危険まであるそう。
すでに子持ちで身分の低いお義母様と結ばれれば、中継ぎの当主として勤め上げた後は、血筋の尊い弟の子に家督を譲りやすくなる、と。今まで子爵様が独身を貫いていたのも、余計な家督争いを生まないためだったのだとか。
「そういうわけで、身分の低い男爵令嬢だった母は運命に翻弄されて随分と苦労していた。だからこそ身分が低くとも自力で運命を切り拓いているヴィオラに惹かれたのだろうな」
自力で運命を切り拓く、か。確かにお義母様に相応しい言葉だ。お義母様のそういうところをきちんと見て好きになってくれる人がいることが、なんだか嬉しい。
「子爵様は、お義母様に気持ちを告げたりはなさらないのですか?」
「高位貴族の私から迫ればヴィオラは拒否することが出来ないだろう。だから私からは何も言うつもりはない。ヴィオラは、子供達が健やかでいればそれで幸せだと感じる人だから、それを壊すつもりもない。だが、もしヴィオラが私を求めてくれるのであれば、君たち子供も含めて、きちんと幸せにするつもりだ」
うん、一番大事なのはお義母様の気持ちだけれど、ダンヒル子爵のことは応援しよう!
だって、身分の高い自分から迫ればお義母様は断れないって事情まで考えて、身を慎んでくださる殿方なんてそうそういないわ。
それに私のことを娘のように想っていると言ってくださったんだもの。きっとダンヒル子爵なら、私を足枷とせずにお義母様を幸せにしてくれるはず。