Side:シャーロット
Side:シャーロット
シャーロットは子爵令嬢アイリスに誘われたお茶会を大層楽しみにしていた。アイリスはシャーロットがまだ太っていて他の令嬢達にいじめられていた時、唯一庇ってくれた親友である。シャーロットが平民になっても、変わることなく親しくしたいと言ってくれた大切な友人だ。
久しぶりに訪れるアイリスの家は変わらず美しく、丁寧に整えられた庭で、また来られたことをシャーロットは嬉しく思う。
馬車停めにファゴット商会の紋がついた馬車を停め降りると、出迎えの使用人達がざわりとざわめいた。
義母が作ってくれたドレスに対してだろう。
そのドレスがシャーロットは大好きだった。襟ぐりはふんわりとひだが寄せられていて、それを真珠とクリスタルのビーズが華やかに飾り立てている。コルセットは着けず、胸下の部分を瞳の色と同じブルーグリーンのリボンで結ぶのみなので、息苦しさは全くなく、まるで雲に包まれているかのように軽やか。
柔らかなモスリンのドレスに、スカート部分はタティングレースがふんだんにあしらわれていて繊細で優美な美しさを表現している。
使用人達にとっては、全く見慣れない、奇妙なドレスではあった。しかし、それを着ているシャーロットはあまりにも美しく、あまりにも似合っていた。
「て、天使がいる!? 俺は死んだのか!?」
通りがかった厩番の少年は、衝撃のあまり気を失いそうになったほどであった。
「まあ、いらっしゃいシャーロット! どうしたのそのドレスは、なんて繊細で優美なのかしら!」
「お招きいただきありがとうアイリス。これはお義母様が考案してくださったの。コルセットを使わないから息苦しくなくて、モスリンだから軽やかなの。それなのにとても可愛いでしょう?」
えっへんとシャーロットは胸を張る。大好きな義母が自分のために考案してくれたドレスなのだ。シャーロットはこのドレスが大好きだった。
「素敵だわ! これはファゴット商会で売り出すのかしら? 私もぜひ作っていただきたいわ」
「そうでしょうそうでしょう。エンパイア・ドレスって名付けられたのよ。ぜひ注文して頂戴ね」
キラキラとした目でアイリスはドレスを見る。金髪の巻き毛をしたシャーロットがその軽やかなデザインのドレスを着ていると、まさしく天使のようだ。
これはきっと、平民になったからと言って貴族の男達が放っておかないに違いない。もし無理を言う人間が出たら私が守らないと! とアイリスは息巻いた。
しかし、目下の問題はそれではなかった。
「ごめんなさいシャーロット。せっかくのお茶会なのだけれど、一つ問題があるの。以前からあなたを目の敵にしていた伯爵令嬢のイザベラ様が、どうしても参加したいと言い出して、押し切られてしまったの」
アイリスは悔しそうに下唇を噛んだ。大事な友人と久しぶりに会える、せっかくのお茶会なのに、台無しにされてしまったら敵わない。
「あなたがお茶会に来ると知ってのことだから、きっと平民になったあなたをバカにするためよ! 私が断れれば良かったのだけれど」
「大丈夫よアイリス。心配しないで。私は強いもの」
「そうね、あなたは強い人だわ」
かつて貴族子女の間で馬鹿にされいじめられていたシャーロットは、義母の力添えを得て見事に素晴らしい令嬢へと成長し、相手を見返していた。
お茶会の会場でアイリスとシャーロットが席に着き、次々に訪れる来客を出迎える。その度に来客の令嬢達はシャーロットのドレスに驚愕した。
「まあ、シャーロット、どうしたのそのドレスは。どこのお店のもの!?」
矢継ぎ早に質問されるたびに、ファゴット商会で新しく売り出されるものだと説明する。
着ているシャーロットがあまりにも美少女なため、ドレスの魅力は何倍にもなって令嬢達の目に映った。よく訓練された給仕の者たちですら、一瞬仕事を忘れてうっとりと見惚れてしまうほどである。
「何よそれ! 変なドレスだわ!」
口々に令嬢達が褒めそやすなか、一番最後に入場してきた伯爵令嬢のイザベラが大きな声で言い放った。
この中で一番身分が高いのはイザベラである。イザベラが気に食わないドレスとなってしまうと、褒めたり自分も注文したいなどというのは機嫌を損ねかねない。
過熱した場はしゅんと冷や水を浴びせかけられたように冷めてしまった。
「シャーロット、あなた平民になったそうね。男爵家の地位を捨てて平民の継母についていくだなんて、馬鹿な女。どうせ貧しい男爵家よりもファゴット商会のお金に目が眩んだのでしょうけれど、卑しいあなたにはお似合いだわ」
「ええ、イザベラ様。ファゴット商会での生活は私にとっても合っているんですのよ」
シャーロットはイザベラの嫌味もまともに取り合わず、お茶菓子を優雅に食べながら微笑んだ。
実際、男爵家よりもファゴット商会の方が楽しいのは事実だ。日々商会の仕事を勉強したり、義母のドレスに関するアイディアを手伝ったりなどしていると、あっという間に時間が過ぎてしまう。
実際に幼少期から貴族として生きてきたシャーロットには、どういう部分に不満があるかの具体的な考えがあり、それに対して義母が解決策を提案するという形で商品開発はどんどんと進んでいた。
「生意気ですこと! それに、何よそのドレス。コルセットも着けずに、みっともないわ!」
「あら、とても楽で過ごしやすいですよ。この通り、お茶菓子もお茶も苦しくなく楽しめますし。それにお腹を締め付けないから、顔が青ざめなくて、化粧をしなくても薔薇色の頬になるんです」
シャーロットは淡々と説明する。イザベラを説得するためというよりは、他の令嬢達に聞かせるためだ。
ざわざわと令嬢達がざわめく。確かに薄化粧しか施されていないシャーロットの頬は、自然な薔薇色でなんとも可憐だった。
化粧では出せない自然な血色感。その頬は同じ女性である令嬢達ですら思わずドキッとしてしまうほどであった。
しかし、その様子が我慢ならなかったのがイザベラである。
「何よ! 平民風情が偉そうに、私に意見するんじゃないわ!」
激昂したイザベラは、シャーロットのドレスに紅茶をかけた。真っ白なモスリンがみるみる紅茶に染まって茶色く変色していってしまう。
「きゃあ! なんてこと!」
イザベラの蛮行にアイリスは立ち上がりかけるが、お目付役の侍女から押し留められてしまう。貴族が平民に対して酷い仕打ちをするのはよくあることであり、特に上位貴族であるイザベラに対してはやんわりと諌めることしかできない。これがシャーロットがまだ男爵令嬢であれば正式に抗議できる場もありはしたが、平民となってはそれも不可能だった。
「ふん。いい気味だわ。……でも、平民がいると気分が悪いわね、アイリス。この平民をつまみ出しなさい!」
「そんな……!」
シャーロットが参加すると知って無理やり参加してきたのは自分の癖に、とアイリスは憤るが、家格の差はどうしようもなく立ち塞がった。
「わかりましたわ。本日は帰らせていただきます」
シャーロットはこれ以上アイリスに迷惑をかけないために、立ち上がり暇を告げた。
アイリスはシャーロットを追いかけたかったが、茶会の主人としてそれは出来なかった。悔しさに手を握りしめる様を、イザベラが満足げに見てほくそ笑む。
そうして、親友のお茶会は台無しにされて終わってしまったのだった。