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Side:エリム院長

 少しずつ少しずつ、孤児院の運営は逼迫してきていた。

 はじまりは3年前の疫病。体力があり働き盛りの者たちまでもが多く亡くなった。そして、働き盛りの者が亡くなるということは、運よく感染を逃れた子供達が、運悪く取り残されるということでもある。


 そうして両親を失った子供達を引き受け、何とか混乱期を乗り越えた頃。徐々に徐々に、母親が健在ながら孤児院に預けられる子供たちが増えてきた。

 子供を連れての働き口が見つからないという理由である。疫病で夫と両親を亡くした女性が、母一人子一人の家庭でなんとか糊口を凌いでいたものの、限界に達してこの院を訪れる。そんな事例がじわじわと増えていっていた。


 そして、孤児院の方も定員を大幅に越えた子供達を受け入れた結果、子供達に食べさせてやれる一人当たりの食事は随分と貧相になっていた。

 国から割り当てられる予算は、どれだけ預かる子供たちが増えても一定のまま増えない。寄付金頼りで何とかしているものの、それにも限界がある。

 比較的大きな子供たちを奉公に出したりして、ようやく運営しているような有様だった。

 満足に教育も与えられない、それどころか、食事も衣服も粗末なもの。そんな状況が長く続いていた。


 しかし、風向きが変わったのは、半年ほど前からだ。


 ある日のこと、かつて6歳の子供を孤児院に置いていった女性が、子供を預けながら働ける就職先が見つかったので引き取りたいと申し出てきた。


 「そんな都合のいい就職先があるのですか? あの、騙されているんじゃ……」


 その就職先は、働いている間子どもを無料で預かってくれて、その上教育も与えてくれるというのである。そしてきちんとお給料も支払ってくれる。

 あまりにも都合が良すぎ、騙されているとしか思えなかった。


 しかしその女性は、騙されているのではと尋ねても「大手の商会だし、評判もいいところだから」と言って取り合わない。


 「何か困ったことがあったら、すぐに連絡をくださいね?」


 そう言って送り出すのが精一杯だった。実際問題、常に定員を大幅に超している孤児院からすれば、一人でも引き取ってもらえる子供が増えるのはありがたいことでもあったのだ。


 それから、ちらほらとその女性が就職したというファゴット商会の噂が伝わってきた。


 曰く、子供連れで働き口のない女性を引き受け、子供を預かって教育を施している篤志家である。

 曰く、女性にとって体に有害なコルセットを着けなくても済むドレスを開発している。

 曰く、近衛隊の制服を改良し、王室御用達の看板を授けられた優秀な経営者である。


 総じていい評判が伝わってきていた。極めつけには「ファゴットの聖母」と呼ばれているという。


 その噂を聞き、私は決心した。


 他にも子連れでは働き口が無くて泣く泣く子供を預けていった母親たちがいるのだ。それだったら、ファゴットの聖母とやらに頼ってみよう。

 たとえ門前払いされたとしても、振り出しに戻るだけ。子供達に満足に食事も与えられない状況が続くぐらいなら、現状を変えるために何か行動を起こすべきだと思った。


 子を預けていった母親たちに連絡をとり、子供を預ける先が確保できるのであればファゴットで働きたいという人たちが5人ほど見つかった。その5人の子供たちが孤児院から引き取られれば、資金面にも多少の余裕が出る。一人当たりの食事量も増やせる試算だった。


 ファゴット商会に面会を望む連絡を入れると、その日のうちに会っていただけるという話になった。

 忙しいだろうに、ありがたいことだ。


 そうして面会したヴィオラ・ファゴット様は、聞きしに勝る篤志家だった。


 何と、子供を預かる場所として孤児院の礼拝堂を借りる代わりに、場所代と大学卒の教師による教育を授けてくださるというのである。

 ファゴット商会で働いている女性の子供も、そうでない孤児院の子供もまとめて、だ。


 私は、あんぐりと口が開きそうになるのを一生懸命抑えつつ、深々と頭を下げた。


 これなら、両親ともに亡くした子供達にも将来への道が拓かれるだろう。



 

 「わーい、お肉だ!」

 

 ファゴット商会の提示してくださった場所代は、想像以上のものだった。ヴィオラ様は、「王都の南通りに普通に場所を借りる場合の相場通りですけれど?」ときょとんとされていたけれど、立場の弱い孤児院なんていくらでも足元を見れるだろうに、そもそも相場通りに場所代を払ってもらえること自体が奇跡のようなものだ。


 そうして母親を持つ子供たちが孤児院を卒業し、場所代の収入が増えた結果、一人当たりの食事量が増えただけではなく、お肉まで買うことができるようになった


 今までは孤児院の裏手で育てた芋と豆のスープばかりだったというのに、今は黒パンにチーズ、お肉と卵の入ったスープまで用意することができている。

 

 その上、礼拝堂では日々ビヴァリー先生という官僚の家の出で、大学まで出ていらっしゃる女性による教育が行われるようになった。

 ヴィオラ様の娘さんであるシャーロット様という、大変美しい少女も、小さな子供たちの面倒と簡単な読み書きの教育を担ってくださっている。


 私は、ファゴットの聖母様へ感謝するようにと、子供達へ懇々と言い聞かせた。商会を運営するヴィオラ様の評判が上がれば、その分売り上げにも貢献できるだろう。


 恩返しの術を多く持たない私は、ただただヴィオラ様がいかに素晴らしい人かを説くくらいしかできないのですから。

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