孤児院の院長
「孤児院の院長から面会願い?」
「はい。近隣にある孤児院の院長から、面会を願う旨の連絡がありまして。日程などいかがいたしましょう」
秘書からの言葉に、頭を悩ませる。スケジュールは詰まっているけれど、孤児院の院長となると何か困り事かもしれない。意図せずともファゴットの聖母と呼ばれ、篤志家と思われている私に助けを求めてきたのだとすると……。罪もない子供達を長期間放置するのは本意ではない。
「いいわ。今からでも時間は作る。もしすぐに来れそうなら来てもらえる?」
「わかりました。そのように伝えます」
それから程なくして、孤児院の院長は訪ねてきた。
「南通りにある孤児院の院長を務めております。エリムと申します。ヴィオラ様、お会いいただけてありがとうございます」
「ヴィオラ・ファゴットですわ。よろしくお願いします。それで、一体どのようなご用件でございましょう?」
「こちらでは、頼る先のない女性に、子供を預かりながら働ける環境を提供されていると聞いています。我が孤児院には、母親は健在ながらも、子供を育てながら働くことができず、預けられてきた子供達もおりまして」
なるほど、本来なら親がいるから孤児院の対象ではないのだけれど、働きながら子供を育てることができなくて孤児院に預けていった女性が多くいるということか。それなら、当商会でも働き口を確保することはできる。慢性的に人手不足だし、お針子なら大歓迎。それでなくともブティック2号店の計画もあるのだ。接客などしてくれる女性たちがいればこちらとしても助かる。
「それでしたら、こちらでも働き手は慢性的に不足しておりますので、助かりますわ」
だけれど、そろそろ屋敷の空き部屋も手狭になってきたところだ。子供達を預かる場所を確保しないと厳しいだろうか?
そうだ!
「あの、孤児院の建物はどのくらいの大きさでしょうか?」
「建物ですか? 古い教会を改築して使用しているので、礼拝室などはそれなりに大きな規模となっておりますが」
それなら、いけるかな。
「当商会では、子供達を預かっている間、大学卒であるビヴァリー先生に家庭教師として教育をしていただいているんです。でもそろそろ屋敷の空き部屋も手狭になってきていて……。もしよければ、当商会で母親たちが働いている間、孤児院の一室をお借りして、授業を行わせていただけませんか? 孤児院の他の子たちも一緒に。もちろん、お部屋代はお支払いしますわ」
「それは……!」
エリム院長の目が、みるみると潤んだ。
「何とお礼を申し上げていいか。もちろん、大きな礼拝堂は授業を行うにも適切な大きさがありますが、本当に子供達に教育を与えていただけるのですか? それも大学卒の先生から? それにお部屋代まで」
ビヴァリー先生の講義を受ければ、将来大抵の働き口には困らないだろう。代々続く官僚の家の出だもの、優秀な子であれば将来国の官民として就職することだってできるはず。
それに、うちで預かっている子供達だけでなく、孤児院の両親がいない子供達まで教育することができれば、将来うちで働ける子達も増えるに違いない! 特に事務方は本当に人手が不足していて、私も自分の仕事に割ける時間が減っているのだ。
これで高い教育を受けた人員を囲い込んで確保できれば最高である。
一人で将来の皮算用をしてにまにましていると、エリム院長は感激したように私の手を握ってきた。
「ファゴットの聖母様、感謝申し上げます。本当に本当にありがとうございます! これで子供達の将来も、随分と拓かれます」
いや、あくまでうちの人手不足解消にもなるから助かるし、母親とその子供両方雇えればという一石二鳥を狙っているだけなのだけれど。
何か勘違いされてしまったようで困るけれど、これで事務方要員を確保できれば最高だからまあいいかな?
今までうちで預かっていた子供達は、まだ小さい子が多いから、働き始めるにはまだ難しい子が多いしね。
聞くと13、4歳の子達も孤児院にはいるらしくて、そのくらいの子達なら少し訓練すればお針子や接客、簡単な読み書きができる子なら広告や手紙の手配なんかもしてもらえるかな。
早速私は子供たちの預かり先を孤児院へと変更し、部屋の場所代の支払いなどを手配した。
最近うちで預かっている子たちは、食生活が改善したおかげか元気が有り余っていて大変だったので、遊びまわる広い広場のついた孤児院で場所を借りられれば万々歳だ。
子供は運動もしっかりしたほうがいいものね。
近頃は小さい子たちの授業をシャーロットが、大きい子たちへのより高度な教育をビヴァリー先生が担っている。シャーロットは孤児院でさらに接する子供達が増えることを喜んでいた。
「さすがお義母様です! これで子供達の将来の選択肢も増えますね!」
心優しい少女に育っていたシャーロットは、そう言って感激していた。