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舞踏会にて2

 厄介者を追い払い、本来の目的であった顧客層への挨拶回りを行う。大抵の人は流行を席巻しているファゴット・ブランドには好意的で、新作の予約にも意欲的な人が多かった。

 問題なのは、シャーロットに良からぬ関心を持っている男性と、あとは私やダンヒル子爵のゴシップに興味津々な人たち。

 シャーロットへの関心を持っている男性に関しては、子爵が一刀両断してくださったので問題なし。


 あとはゴシップだけれど、どうも元夫は離婚の原因を誰も真に受けていない継子いじめ問題から、ダンヒル子爵との醜聞にすり替えようとしていそうな様子。

 これはちょっと厄介だ。離婚調停の記録はしっかり残っているから、変な噂を立てられても公式的には打ち返せるのだけれど、陰でこそこそ噂話をされることに関してはどうしようもない。


 何より、ファゴット商会の大躍進と、投資した事業が成功を収めているダンヒル子爵への嫉妬心も大きい。特に伯爵家の嫡男で、すでに父親の持つ従属爵位を継承しているダンヒル子爵は、貴族の中でも高い地位を持っている。その上継母の実家から毒殺未遂事件で莫大な賠償金を獲得し、その賠償金を以て事業に成功しているダンヒル子爵はひと角の資産家としても注目の的だった。


 「おお、話題のファゴット商会のヴィオラ殿ではありませんか」


 でっぷりと肥えた中年男性貴族が話しかけてくる。「ランスーン伯爵だな」と隣のダンヒル子爵が小声で教えてくれた。

 ランスーン伯爵家というと、シュナイデン工房に嫌がらせをしていたあの家だ。


 「聞くところによると、ファゴット・ブランドではシュナイデン工房と提携しているとか。いや、なに。我がランスーン伯爵家もシュナイデン工房とは長年懇意にしていてね。だが、少々問題が多く、手を切ったのだ。若い女性経営者だとタチの悪い連中に騙されることもあるだろう? なに、それならば私がより良い工房を紹介して差し上げることもできる。投資家も子爵のみでは不安だろう? 事業を拡大するならば、私が手伝ってあげよう」


 なんだこいつ。

 私はうんざりした気持ちを顔に出さないようにするだけでも精一杯だった。

 ダンヒル子爵は思い切り呆れた顔を隠さず晒している。


 これ、どうしましょう。元夫に勝るとも劣らない話の通じなさがプンプン臭うわ。


 あ、そうだ。


 「シュナイデン工房とは私も非常に懇意にしていて、色々お話は伺っておりますわ。その上で提携しておりますの」


 実際には何があったのかは顧客情報だから話せないと断られているけれど、どうせランスーン伯爵に非がある話なのでしょう?

 それを、「知っているぞ」と匂わせることで、相手は怯むはず。


 「そ、そうでしたか、それはまた。いやはや……」


 案の定ランスーン伯爵はタジタジになった。こちらが事情を把握しているとは思ってもみなかったのだろう。富裕層の女性が、わざわざ工房などの職人と直接商談するだなんて想像もできなかったでしょうからね。実際には、口の堅いイクス・シュナイデンのこと、私は何も事情は把握していないのだけれど。


 「ファゴット商会は私が肝入りで投資をしている。今の所他の投資家を必要とするような資金繰りではありませんよ、ランスーン伯爵。あなたも、狼の横から喰む野犬と呼ばれたくはないでしょう?」


 他人の成功した事業に乗っかって甘い汁を啜ろうと近寄ってくるものは、狼の横から肉を喰む野犬と蔑まれる。そうまで言われては、ランスーン伯爵としても引き下がらざるを得ない。


 ランスーン伯爵は、顔を赤くして怒りを滲ませつつも、ダンヒル子爵を前にしてそれ以上食い下がることはできなかったのか、立ち去っていった。


 「ありがとうございます、子爵様」


 「いいや。しかし、ファゴット商会が成功すればするほど、ああいう輩は増えていくだろう。何かあったら私にすぐに言いなさい」


 それ以降は特に問題が起こることなく、ダンヒル子爵が目を光らせてくださっていたおかげで平和に終わった。

 シャーロットの友人であるアイリス子爵令嬢のご両親、フルールノード子爵家にも挨拶することができ、今度アイリス嬢を連れてティーサロンへいらしてくださいと招待させてもらった。

 ブティックは週末の安息日をお得意様のみの招待制にしているから、その日にお招きしたのだ。

 それならシャーロットとアイリスも二人でゆっくりとお茶を楽しむことができるに違いない。


 帰りの馬車の中では、くったりと疲れて眠ってしまった。

 屋敷に到着してハッと目が覚めた時には、何とダンヒル子爵の肩を枕がわりにして寝てしまっていたことに気づいた。

 高位貴族の方に、なんて失礼なことを。青ざめる私に、ダンヒル子爵は鷹揚に笑った。


 「別にかまわない。久々の舞踏会で疲れただろう? 今夜はゆっくりと休むといい」


 ヒールの靴で転ばないように、屋敷のドアの前まで送ってくださったダンヒル子爵は、そう言って夜闇の中へと立ち去っていった。


 本当にスマートでお優しい方だ。

 勘違いをしてはいけない。ダンヒル子爵がお優しいのは、元々性根が紳士的な方だからだ。

 私は平民。あの方は伯爵家の嫡男。


 そのことがなぜか、いつもよりも胸に刺さるように感じた。

 

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