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舞踏会にて1

 「こんな場所で堂々と浮気するなんて。許してあげようと思ったのに、君のことは見損なったよ、ヴィオラ」


 唖然としたダンヒル子爵の口がパッカーンと開いている。いつも冷静で優雅にお振る舞いの子爵としては珍しい。しげしげと改めて子爵の横顔を眺めていると、まつ毛長いなぁ、と思う。あと鼻も高い、滑り台になりそう。


 ……うん、思わず現実逃避しました。


 現実と向き合いたくない。というより妄言のオンパレードすぎて、会話が成立する気がしない。

 目の前にいる何か言葉の通じないモンスターとしか思えないナニカの存在を前に、私は遠い目をした。


 「聞いているのかいヴィオラ? 以前手紙を送ってやったけれど、返事が来ないから気になっていたんだ。もしかして届いていなかったかい? シャーロットをいじめたことについては許してあげるって書いたんだよ。だから平民になって惨めに暮らしている君をもう一度男爵家に迎えてやってもいい。一度貴族になったのに平民暮らしはきついだろう?」


 いや、あなた方の散財に引っ張られなくなったおかげで、金銭的にも離婚前よりむしろ豊かになっているのですが。でもそんなこと言ったら余計にお金目当てで執着されそうだから、言わないでおく。まあ、ファゴット商会の羽振りがいいことについては、王室御用達になった時点で誤魔化しようも無いのだけれど。だからすり寄ってきたのかしら?


 「あー……。君は何か勘違いしているようだが。ホースグランド男爵家は離婚が成立していると伺っているが?」


 「それはあなたには関係ないはずだ」


 高位貴族相手にその言い様か! 元夫、下位とはいえ曲がりなりにも貴族の末席に名を連ねる者でありながら、礼儀も弁えていないなんて。


 「失礼ですが、あなたは一体ヴィオラとどんな関係なんですか?」


 失礼ですがで済むかバカ! もう、心の中でツッコミが止まらないわ。顔に出さないようにするだけで精一杯。本当に、元夫がダンヒル子爵に失礼をかましまくっていて気が気じゃない。


 「……私はファゴット商会に投資をしている投資家として本日は参加している。このヴィオラ・ファゴットの立ち上げたファゴット・ブランドは王室御用達に選ばれてね。その功績でこの舞踏会に招待されたというわけだ」


 「それはつまり……」

 

 「……」

 

 珍しくダンヒル子爵が思案顔で、歯切れ悪く説明する。あぁ、これ、女性経営者の投資家と説明すると、愛人だと勘違いされるからそれで説明しにくいんだな。むしろ愛人だと勘違いされた方が庇護できるが、私の名誉を優先すべきか、元夫に対する安全を優先すべきかで悩んでくださっている顔だ。


 「いずれにせよ、私の大切な女性だ。余計な突っかかりはやめてもらおうか。君たちはもう何の関係もない赤の他人同士のはずだ」


 言葉に詰まった子爵は、最終的にそういう言い回しを選んだ。愛人どころの騒ぎではなく、独り身の子爵にとっては本命と勘違いされかねないような発言だ。伯爵家嫡男ともあろう人が、平民の女性を指して大切な女性などと言ったら社交界で物笑いの種になるだろうに。


 元夫はそれを受けて、憤懣やるかたないという様子ながらも、言葉に詰まって去っていく。


 ふ、と肩の力が抜けた。自分でも自覚していなかったが、元夫が現れてからどうも緊張していたみたいだ。


 「すまないな、ヴィオラ。勘違いを誘発するような言い回しをしてしまって」


 「いいえ、子爵様。守っていただきありがとうございます。これで元夫は無茶な行動を取ることはないでしょう」


 あの状況をわかっていない男が、どういう行動に出るのか読めないままでは日々不安を抱えることになる。護衛をつけているとはいえ、平民の女性を守る平民の護衛が、曲がりなりにも男爵家当主である元夫にどれほど立ち向かえるか……。元夫よりも高位の貴族である伯爵家嫡男のダンヒル子爵が庇護を明言してくれたことにより、かなり安心して暮らせるようになった。

 むしろ子爵には申し訳ないのだけれど……。

 

 「まあ、あながち嘘というわけでもないがな……」


 「え?」


 「いや、なんでもない」


 ボソボソと早口で何事か言った子爵は、困ったような顔で首を振ると、「さあ、他の貴族家へ挨拶へいこう。顧客開拓は必要だろう?」と、エスコートするために肘を差し出した。

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