舞踏会への誘い
社交パーティーへの招待状が来てしまった。
元々男爵夫人だった頃から、堅苦しいパーティーは嫌いだったのだけれど……。近衛隊の新制服を作成し、王室御用達に選ばれたことで、表彰およびお披露目のためという名目で、投資主であるダンヒル子爵とともに王城主催のパーティーに招待されてしまったのだ。
いくら嫌でも、断ってダンヒル子爵の顔に泥を塗るわけにもいかない。それに、商会を大きくするチャンスといえばチャンスだ。王妃陛下の覚えがめでたければ、その分だけシャーロットやダミアンの将来にも繋がる。
このチャンスをフイにするわけにはいかなかった。
「舞踏会か。あなたには苦労をかけるが、良い機会でもあろう。貴族はゴシップに目がない、何かと煩わしい視線もあるだろうが私がエスコートしよう」
ダンヒル子爵はそのように言ってくれた。
……まだホースグランド男爵家の離婚劇で興味を持っている貴族がいるんだ。飽きないなぁ。正直ちょっと貴族社会に呆れてしまうけれど、これでは毒殺未遂事件の被害者であるダンヒル子爵は一体どれほど煩わしい思いをしたことだろうか。
私は離婚してからは平民に戻り、社交とも関係のない穏やかな生活を送っていたけれど、子爵ともなれば社交から逃れることもできないだろう。
ダンヒル子爵の食が細くなっているのは、社交界のストレスも原因になっているのかもしれない。ファゴット商会の食堂は気に入っていたようだから、また誘ってみたら喜んでもらえるだろうか。
舞踏会の当日に向けて、新たなドレスも用意する。
ラインはエンパイア・ドレスのデザインで、スカートの部分が前開きになっており、ワイン色のオープンスカートが豊かにドレープを作りながら流れ、前開きの内側はクリーム色のスカートが柔らかく揺蕩っている。
布をたっぷりと使っている分、重さは出てしまうけれど、舞踏会という華やかな場にふさわしいようなデザインになっている。もちろんシュナイデン商会の弟、デクスさんによるデザインだ。
もちろん、王妃陛下に献上したドレスよりは控えめなデザインだ。まああれは予算に糸目をつけず、アメジストやらルビーやらのビーズを大量に縫い付けてあるから、あれより派手なドレスなんて作りようがないのだけれど。
舞踏会当日。
迎えにきたダンヒル子爵は、当商会のレースジャケットに身を包んで現れた。
気に入ってくれていたようで、嬉しい。ネイビーのサテン地に銀糸のレースがたっぷりと縫い付けてある。模様は定番中の定番、葡萄の蔓模様だ。少し青みがかった黒髪によく映えている。
「待たせたな、ヴィオラ。今日のドレスもよく似合っている」
「ありがとうございます。ダンヒル子爵。子爵様もそちらのジャケットにウエストコート、よく似合っておいでですわ。着ていただけて嬉しいです」
「この季節には涼しくて有難いものだ。まったく、舞踏会の会場ときたら、大量の蝋燭が灯るシャンデリアだらけで、暑苦しいったらありゃしない」
ダンヒル子爵はリラックスした様子でそうぼやく。夏場の今、夜といえども蒸し蒸しした過ごしにくさはあった。そんな中で、シャンデリアに大量に灯された蝋燭の中踊るのはなかなか暑くて大変だろう。この国は夏でも過ごしやすい気候ではあるけれど、蝋燭の熱まではいかんともし難い。
舞踏会の休憩時間、蝋燭の火が消えないように、天井に登って蝋燭の芯を切る職人の人たちなんて、いつも大変そうだなと思って見ていたものだ。
まさか離婚して平民に戻ってまで舞踏会に出席することになるとは思わなかったけれど、あの頃と比べてコルセットがないのは本当に楽。我ながらいい仕事したわ。
馬車の中でそんなたわいもない話をダンヒル子爵としながら、王城へ到着した。
舞踏会の会場への入場は、ダンヒル子爵の位に合わせた入場となる。
「ジェラルド・デュポン・ダンヒル子爵および、そのパートナーのヴィオラ・ファゴット様のご入場です」
紹介の言葉が読み上げられると、パッと視線が集まる。
その目線には様々な色合いが窺われた。毒殺未遂事件と男爵家離婚騒動の、ゴシップ二人組に対する好奇の目線。私が平民であることから、平民が舞踏会に参加していることに対する嫌悪を滲ませる視線。そしておそらく、厳しいが美丈夫であるダンヒル子爵を狙っている令嬢たちからの、嫉妬の目線。
好意的な目線も中には存在する。彼ら彼女らの特徴は、ファゴット商会の装束に身を包んでいること。おそらく、軽くて動きやすい、けれども華やかな場で着られる服というものを歓迎しているタイプの人たちだわ。私みたいに堅苦しい服にうんざりしていたズボラな人たちね。この人たちとは仲良くなれそう。
その好意的な目線の中に、王妃陛下が一番好意的に見つめてくるのがちょっと気にかかるけれど。どんだけ今まで豪華なドレスで苦労してきたのかしら、あのお方。
王妃陛下は我が商会が献上したドレスを着用してくださっている。紫の瞳に合わせてアメジストのビーズがふんだんに縫い込まれた豪奢な衣装。重さはそれなりになってしまったけれども、コルセットが無いだけでもだいぶ楽なはずだ。古代風のゆったりしたドレープを意識したデザインになっていて、伝統と格式にうるさい人たちも納得するであろう仕上がり。
国王陛下および王妃陛下への挨拶を済ませて、会場の壁際に控えた、その瞬間。
「こ、この浮気者!」
空耳だと思いたい、なんだか寝言か譫言ととしか思えない言葉が聞こえてきた。
元夫である。
浮気者って……、あの……、私たちもう離婚成立していますよね?




