新たな商機
近衛隊の制服が正式に採用されることになった。これにはエルガディットくんが尽力してくれていて、試作品の改良なども色々アドバイスをしてくれた。
貴族の子弟で構成されている近衛隊は、儀礼的な式典に出ることも多いらしく、伝統に則りつつも動きやすく戦いやすい服をということでさらなる改良を行ったのだ。
評判も上々で、出来上がった制服を着用した近衛隊の騎士たちからは、動きやすい上に涼しいと口々に言われた。
だが、一悶着もあった。
「なぜエルガディットが紹介した制服など着なければならないのです! 近衛隊の問題児だった男ではないですか!」
その若い騎士は、エルガディットくんを敵視しているらしく、最初の着用の場でそのように怒声を上げた。
「問題児もなにも、エルガディット本人が問題を起こしたわけではない。お前は懸想していたご令嬢がエルガディットに惚れたから逆恨みしているだけだろう?」
「そんな! 隊長!」
若い騎士は、苦虫を噛み潰したような顔で抗議の声を上げた。
「どちらにせよ、既にこの制服が新しく採用されることは決まったことだ。王妃陛下もファゴット商会を王室御用達にすると仰っている」
隊長さんが若い騎士に言い含め、ひとまずその場は収まった。
着用会の帰り道、エルガディットくんはしょんぼりしながら私に話しかけてきた。
「僕のせいで、迷惑かけてごめんなさい」
「エルガディットくんのせいじゃないじゃない。ちゃんと事情は聞いているわ。あなたも苦労するわね」
「まあ、僕みたいな見た目だとどうしても周りが騒がしくて、トラブルになるんだ。でも、ここに就職してからは比較的穏やかだよ。周りがみんな美形だから、個人に注目が集まらなくて、むしろ遠巻きにきゃーきゃー言われる感じになっているんだ」
ブティックの警備隊は、まるで劇場の役者のような感じで人気になっているらしい。身近な恋の対象ではなく、遠くから応援する対象。なにやら若い女の子たちは、そういうのを『推し』と称して、扇に推しの名前などを書いて振ったりしているらしい。よくわからない文化が芽生え始めているようだ。
驚くべきことに、シャーロットには女性のファンも増えているらしい。なにやら、「今王都を代表する憧れの女性モデル」なのだそうだ。たまにブティックの店頭で、売り出し中の服を着てパフォーマンスをする時などは、若い女性たちが集まって黄色い声をあげている。
もはやこの辺りの現象は私の手を離れて、人々の間で文化が醸成され広がっていっているようだった。
ティーサロンに集まって、誰が好きだとか姦しく話すのが最近の若い女の子たちの流行りなのだそうだ。
これに商機を見出したのが、ブティックの店主として雇っているバイロンだ。
「警備隊とティーサロンのコラボ?」
「そうですヴィオラ様。警備隊のファンは大勢います。そこでティーサロンに警備隊のメンバーとのコラボメニューを作成するのです。それに、公式の扇も作らせましょう。今は皆さん手作りの扇を持ち寄っているようですが、公式のものがあれば売れるはずです」
「確かに、そういう商品があったら売れそうね」
警備隊を「推し」ている女の子たちの熱量は凄まじい。基本的に家が決めた結婚しか許されない富裕層の娘たちは、「推し」という擬似的な恋に熱狂しているようだ。
「ティーサロンでは、それぞれの警備員をイメージした香りの茶を用意しましょう。エルガディット殿であれば、華やかな薔薇の香りの紅茶、というように」
バイロンの目が爛々と輝いている。
私は商会の娘とは言っても、商品開発の方が好きなのだけれど、バイロンは商人らしく商売そのものが好きなようだ。
早速、商品開発に着手する。見目の麗しい警備員には、現在四人が仕事に就いてくれている。
線の細い華やかな美少年でありながら、剣の腕はピカイチなエルガディットくん。
一匹狼のような鋭い雰囲気を持つ、黒髪で長身のヴォルクくん。
筋肉の塊な逞しい体つきで、爽やかな雰囲気が格好いいタウルスくん。
知的な雰囲気ながら戦闘もしっかりこなす、頭脳派のラースカくん。
今は全員統一した警備服を着用しているが、それぞれ専用の服を用意するのもいいかもしれない。
「イメージカラーを設定しましょう」
私が専用の制服について提案すると、バイロンが徐にこういった。
「そしてそれぞれのイメージカラーに合わせた扇を作るのです。エルガディット殿は純白が似合うでしょうか。ヴォルク殿は黒ですね。黒い狼のような鋭い雰囲気が素敵だと女の子たちの声が届いています。熱血のタウルス殿は赤色、ラースカ殿は青が似合うでしょうか」
やだ、バイロンが何かに目覚めちゃったみたい。ものすごく熱心に新しい商売に対しての思考を巡らせている。
確かに、男性役者のように女性のファンがたくさんいる彼らは、それだけで様々な広告塔にはなるけれど……。警備員以外の仕事もさせるなら、まずは本人たちの意思確認をしなければいけないのでは?
「いいよ。面白そうじゃん」
しかし、1番難色を示しそうだったエルガディットくんはあっさりと賛同してくれた。
「僕のファンの子達、僕に直接アプローチするのは抜け駆けになるから禁止って言って統率されているんだ。まさかモテることによる苦労が、モテまくることで無くなるだなんてね。本当にヴィオラさんの発想はすごいや」
エルガディットくんは上機嫌で、今に鼻歌でも歌い出しそうな様子だ。今までよっぽど苦労していたんだろうか。今はエルガディットくんに恋をしている女の子たちは、「みんなのエルガディットくんだから」と身を慎んでいるらしい。
それに、なぜかエルガディットくんがヴォルクくんと仲良くしていると悲鳴が上がっている。
「自分が付き合うのではなく、美青年同士が仲良くしているのを眺めるのこそ女子の本懐」という勢力が台頭してきているのだそうだ。もうここまで来ると若者文化にはついていけない。警備隊関連の商売については、もうバイロンに任せよう。




