元夫からの手紙
家に戻ると、元夫から手紙が届いていると、使用人に報告された。
せっかく! せっかく王室御用達になるというおめでたい報告ができるという時に!
なぜあの男はこうも私を不快にする絶妙のタイミングで接触してくるのか!
読まずに破り捨ててしまいたかったけれど、向こうが何を考えているのかわからないままというのも不安ではある。
私は渋々手紙を開封した。ペーパーナイフを握る手に力が入りすぎて、ちょっと破いてしまったけれど、それもご愛嬌だ。
なになに……。えっと……。
「はぁ!?」
なんだか、頭にウジでも湧いているかのような内容であった。
シャーロットをいじめたことは許してやるから戻ってこい、ですって?
そりゃあ、向こうの財政状況が火の車なのは分かっていたから、こちらに頼ろうとしてくるのまでは予想していたけれど、どうしてこんな上から目線の手紙でこっちが折れると思っているのかしら。
そもそも公的に離婚が成立したのに、戻ってくると思っている方がおかしいわ。その上、まだファゴット商会の資金に頼ろうとしているのね?
『事業が上手くいっているみたいだが、それは我が男爵家の血筋であるシャーロットとダミアンがモデルをやっているおかげだろう。その利益は男爵家にもたらされるべきである』ですって?
養育費も払っていないくせに、何を偉そうに。
苛立ちつつも、無視しても良さそうな内容だったので、私は手紙を破って捨てた。はあ、全く。ファゴット・ブランドの利益に目が眩んでいるみたいね。シャーロットやダミアンが狙われないように、護衛を固めておかないと。
私は屋敷の警備員に事情を話して、警備の強化をするよう指示を出した。ファゴット商会の警備長は屋敷だけでなく、複数ある店舗警備の統括も行っている。彼に任せておけば、ある程度安全は担保できるでしょう。
「あの男、まだお嬢様に執心しているのですか」
警備長は不快げに眉根を寄せた。
「もう、この歳になってまでお嬢様はやめてったら。それに、執心というよりはお金目当てだわ。こちらも貴族との伝手が欲しいからと、あの時結婚に応じたのは失敗だったわね。これほどお金にがめつくて、その上稼ぐ能力もないだなんて」
「せっかく離婚が成立したのです。二度と我らが大切なお嬢様には近寄らせません。もちろん、シャーロットお嬢様にも、ダミアン坊っちゃまにも」
「私のことはともかく、シャーロットとダミアンのことはよく気をつけてね。お願いするわ」
この忙しい時に、厄介ごとは絶えないものだ。
元夫のことはともかく、まずは王妃陛下のドレスをデザインするよう、シュナイデン工房に依頼を出さなくては。
王室御用達ともなれば、店の格が上がる代わりに、上級貴族からの依頼も増える。それらに対応できる人材も育成しなければならない。
バイロンに指示を出して求人を増やしつつ、この際給金に糸目はつけなくていいから、下位貴族の子女にも求人を出そうかしら。下位の貴族家の中には、ホースグランド男爵家のようにお金に困窮している家もあるのだ。そういう家は働き先を探している割に、家格のせいで下手な庶民の店で働くわけにもいかず、にっちもさっちも行かなくなっている例も多い。
王室御用達の店で、上位貴族の方相手に接客する仕事となれば、下位貴族の子女にはちょうどいい仕事のはず。当然礼儀作法を身につけている分だけ、給金も弾む。
それから近衛隊の制服も生産体制を強化しなければならない。王妃陛下の態度から言って、近衛隊の制服をウチで扱うようになるのは、実質本決まりみたいなものだものね。これもシュナイデン工房に連絡しなければ。
私は商会紋の刻印された便箋を取り出し、次々と手紙を書き始めた。
「お義母様? こんな時間まで、お仕事ですか? お疲れでは……」
夜遅くまで仕事している私を心配して、シャーロットが手ずからお茶を淹れて持ってきてくれた。
「ありがとう、シャーロット。ごめんなさいね、遅くまでバタバタしちゃって」
「いえ、そんな。お義母様が元気ならそれでいいのですが」
「元気も元気よ。なんとね、ファゴット商会が王室御用達に選ばれたのよ」
「ええっ、そうなんですか!? それで忙しくしているんですね」
「まだ公式発表はされていないから、みんなには内緒ね?」
人差し指を立てて、ナイショ、とすると、シャーロットも私を真似てシーッとやった。その姿がこの上もなく可憐で、仕事の疲れがあっという間に吹き飛んでしまう。
休憩がてらシャーロットの淹れてくれたお茶を飲んで、その日の仕事は終わりにした。