王妃との謁見
大慌てで髪や身繕いの確認をして、謁見の間を訪れる。
昔夜会で遠目にお見かけした位だけれど、王妃陛下のピンと伸びた背筋は印象に残っている。
「王妃陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」
「急に呼び出してしまい、迷惑をおかけしましたね。あなたのことは、王宮のバルコニーから見えていたの。以前からその、コルセットがいらないドレスに興味を持っていたのだけれど……」
「そうだったのですね」
よかった。何か粗相をしてお叱りのために呼び出されたのかと思ったのだけれど、雰囲気的に悪い話ではなさそう。
「我が王家は王室御用達の店からしかドレスを購入していないの。でも、その店にファゴット・ブランドのドレスを作れと命じるわけにもいかないでしょう?」
ああ、確かに王家が他所のブランドのコピー品を作らせたとなると、少々外聞が悪い。普通に真似したデザインのものは流通しているけれど、エンパイア・ドレスの本家はファゴット・ブランドであるという印象はある。
それなのに王家が、ファゴット以外からエンパイア・ドレスを仕入れたとなると、ちょっと問題があるものね。
それなら、王室御用達のお店にエンパイア・ドレスを作らせることを、本家であるファゴット・ブランドが認めたと言う形にするのかしら?
それぐらいだったら別に構わないわ。エンパイア・ドレスの格が上がるのだし、多少コピー品を認めるぐらいで揺らぐほどやわなブランディングはしていない。
「そこでファゴット商会を王室御用達に認定しようと思う」
「……へ?」
いけない。間が抜けた声を出してしまった。
「ファゴット商会が王室御用達の店舗になれば、エンパイア・ドレスを仕入れても問題ないでしょう?」
いきなりの話で混乱する私に、王妃陛下はさらなる追撃をした。
ファゴット商会は大きな商会とはいえ、王室御用達になるほどの歴史や格式があるわけではない。それなのに、王室御用達に認定してしまってもいいのかしら?
そんなにエンパイア・ドレスのデザインを気に入ってくれたのかしら。そう思いつつ、ふと王妃陛下の方を見ると、ピンと背筋は伸びているけれど、顔には少々の疲れが見えた。
——もしかして……。
今まで王家の人はさすが生まれながらの気品を持っているなぁ、と思っていたのだけれど、もしかして王妃陛下、めっっっっちゃ我慢してる?
背筋を伸ばしているのも、コルセットをキツく締め上げているのも、重たいドレスで優雅にゆったりとした所作を保つのも。生まれながらの気品ではなくて、ただ単に頑張ってるだけだったり、する?
そう思うと、雲の上の存在だった王妃陛下が、急に身近に感じられたような気がした。
「当商会をもし王室御用達にしていただけるのであれば、それ以上の幸せはございません。ぜひお受けしたく」
「よい、それではそのように手続きを進めさせましょう。後ほど担当のものを遣わせます」
「承知いたしました」
あぁ緊張した!
ようやく謁見を終えて王宮を出た私は、思わず伸びをしてしまう。
馬車に乗り込むと同時に、ヘナヘナと腰が抜けてしまった。もう、突然の呼び出しは勘弁してほしい。まあよっぽど王妃陛下もエンパイア・ドレスに興味を持ってくれていた、と言うことなのだろうか。
でも、気苦労を乗り越えたおかげで、ファゴット商会が王室御用達に選ばれることになった。
これはとんでもなく大きいことだ。王室御用達の証を得るのは、歴史や伝統などの格式に優れていることのほか、国に多大な貢献を及ぼした場合でもなれる。
ファゴットはそこまで歴史が古い商会ではないから、おそらく国への貢献の部分で採択されるのだろう。とすると、実質近衛隊の制服の製作も本決まりになったのと同じようなものだ。おそらく、近衛隊の制服を改良した功績を以て、王室御用達の看板を掲げさせようという目論見のはずだから。というより、それ以外に功績らしい功績は挙げていないもの。
採寸などはまだだけれど、早急に布地や素材の手配はしておいた方がいいだろう。
それに、王妃陛下のエンパイア・ドレスも、これから注文が入るだろうから、デザイン案を考えておかないと。これはシュナイデン工房のデザイナー、デクスさんに依頼しておくのがいいかな。
やることがたくさんで、大変だ。
私が頭を抱えていると、横からダンヒル子爵が水筒に入ったお茶を差し出してくれた。
「王室御用達など、すごいじゃないか。それも君の努力の証だ。何か困ったことがあったら私も協力するから、すぐに言いなさい」
相変わらずダンヒル子爵は本当に良くしてくれている。
何から何までお世話になりっぱなしで、何か恩返しがしたいのだけれど……。
ふと、手元を見る。ダンヒル子爵の持っている水筒は、銀製。彼はいつも銀の食器を好んでいた。継母に毒殺されかけたのだから、まあ当然のことと言えば当然なのかもしれないけれど。
銀はヒ素毒を検出する。でも銀製食器で検出できる種類にも限りがあるのだ。彼はいつも、気が休まらない生活を送っているのではないだろうか。
彼のためにできることは、何かないか。私は、王室御用達となる仕事のことだけでなく、ダンヒル子爵への恩返しについても頭を悩ませることになったのだった。
ちなみに、王妃の敬称についてはmajestyに準じて陛下としています。