出戻り夫人のドレス作り
実家であるファゴット商会に出戻った私は、この上もなく生き生きとしていた。
元々の政略結婚の目的は、貴族に対して商会のツテを広げて商売を拡大していくこと。ホースグランド男爵家に貸し付けたお金が返済されることはおそらくないだろうけれど、その投資分とでまあ黒が出る程度にはなっている。
しかしながら、夫をコントロールしきれなかったということで、男爵家の借金の分、父からは貴族社会で得たものを生かして商品開発をするようにと言われている。
まあ、私は商売が大好きだから、離婚で落ち込んでるんじゃないかと思って発破をかけてくれたんだろうけどね。
残念ながら父の予想と違って私は全く落ち込んでいない。
なにせめちゃくちゃ可愛い義娘であるシャーロットは私を選んでくれたし、息子であるダミアンも失わずに済んだのだから。
でも、そうね、確かに借金の分を補填するような商品開発はいいかもしれない。せっかく男爵夫人としての堅苦しい社交から解放されたのだ。その分で好きなことをするのはなかなか名案のように思えた。
まず第一に、貴族社会で散々不満に思っていたのは、コルセットである。
あの憎っっっっくきコルセットである!
息は苦しいしお腹は痛くなるしご飯もろくに食べられなくなるし、あんなもの着けていても全くいいことなどない!
シャーロットが社交界デビューする頃には絶対にコルセットを滅ぼしてやる! と決めていたのに、16歳のデビュタントに間に合わなかったのだ。
ある意味幸いというべきか、出戻りした私についてきたことで、あのコルセットという名の拷問器具を身に着けての社交を、シャーロットはほとんど経験しないで済んでいたけれど。
コルセットを着ける時、あの天使も天使な超絶美少女のシャーロットから、「グオアア」ってカエルが潰れたような声が出てきた時は思わず涙しそうになった。
よし、せっかくだからシャーロットに似合うドレスを作ろう。コルセットが要らず、軽やかで、天使に相応しい白のドレスなんかどうだろうか。
あの繊細な肌が傷つかないように、柔らかなモスリンで作って。コルセットの代わりに胸下をリボンで結ぶのなんてどうかしら。リボンの色はシャーロットのブルーグリーンの瞳の色に合わせましょう。
スカート部分には繊細なタティングレースをたっぷりと重ねて、胸元はクリスタルのビーズで飾り付けて。そうすればシンプルなラインでも貧相にはならないはずだわ。
ああでも、シャーロットがあまりにも美しすぎるから、どんな豪奢なドレスであっても霞んでしまうかしら。
いいえ、絶対シャーロットに似合うドレスを作るのよヴィオラ! 負けるな私!
そうやって自分に発破をかけた私は、商会のお針子に上記の話を熱弁して聞かせた。
「ヴィオラ様は本当にシャーロット様を可愛がっておいでですねぇ」と非常に当たり前なことを言われたけれど、そりゃああんなに可愛い子を継子に持って可愛がらないわけがない!
それはともかく、ベテランのお針子さんは私の言った通りのドレスを仕上げるべく、針を手にしてくれたのだった。
うふふーん。楽しみだわ、シャーロットがあの服を着るの。そうだ、ダミアン用に子供服として男の子用に似たデザインのものも作ってもらおうかしら。きっと二人で並んだらとてつもなく可愛らしいはずだ。
「……さま、お義母様!」
「あら、シャーロット、どうしたの?」
「お義母様こそぼうっとなさって、大丈夫ですか?」
「もちろんよ。ちょうど新しく作っているドレスのことについて考えていたの」
「……そうなんですね。それならちょうど、相談があるのですが……」
シャーロットは長いまつ毛に影を落として俯いた。
「ん? どうしたの?」
「それが、男爵令嬢時代に仲良くなったお友達から、お茶会のお誘いが来たのです。でももう私は平民ですし、お茶会に参加するとなるとドレス代などもかかるでしょう?」
「まあ! そんなこと気にしなくていいのよ。わがファゴット商会はホースグランド男爵家などよりよほど裕福なのですからね。それに、お茶会というのはちょうどいい機会だわ! 新作のドレスのお披露目と宣伝の機会にしてしまいましょう!」
「本当ですか! お義母様! 私、頑張って宣伝いたしますね!」
ぱあぁっと、シャーロットの天使なお顔が輝く。
ただ、シャーロットは私についてきて平民になった形だから、他の貴族令嬢と交流する中でいじめられたりしないかが心配だ。聞くところによると誘ってきた子爵令嬢のアイリスさんは人柄の評判もいいしシャーロットと本当に仲が良いから大丈夫だと思うけれど……。
特にシャーロットは、元々は男爵令嬢でありながらも、どんな位の高い令嬢より美しく教養高いということで評判だった。身分の高い伯爵家のご令嬢方からも嫉妬されていたのだ。そういった位の高い令嬢の悪意からはシャーロットを守らないといけない。
平民の身では限界はあるけれど、お金と人脈は力だ。特にファゴット商会は男性貴族向けの商品が多いけれど、私が貴族女性の商品を開発して人脈を作り、ファゴットを敵に回すのは惜しいと思われるようになれば、貴族女性の間で嫉妬されてきたシャーロットを守ることができるかもしれない。
そのためにも頑張ろう、と私はより一層奮起するのであった。