新たなる人材
「命を狙われている……? ってどういうこと?」
「エアレス商会の不正事件を告発した男です。優秀ですが正義感の強い人で、元々エアレス商会に勤めておりましたが、商会が流通において不正に嫌がらせを行って市場を掌握しようとしていた例の事件を内部告発し、現在は命を狙われて逃げ回っています」
なんと、そんな優秀な人材がいるのか。
確かエアレス商会は高級輸入食器を扱っているメーカーだ。船舶関係の中小企業に圧力をかけて流通を掌握し、同業他社を潰そうとしたとかで一時期話題になっていた。
なるほど、あの事件は内部告発で発覚したと聞いているけれど、それをやった人物かぁ。
確かにそれは命を狙われるわ。エアレス商会はあまりお行儀のいいところじゃないと評判だしね。
でも逆に、うちは不正なんてやっていないし、正義感が強くても問題ない。むしろ頼れる親類のいない職業婦人が大勢勤めているから、そういうのを馬鹿にしない相手が望ましい。
それにエアレス商会だったらうちの方が上だ。こっちで庇護してしまって「ウチのもんに手を出したらただじゃ済まないぞ?」と脅しをかければ向こうも報復は利益が薄いと見做して手を引くはず。
良くも悪くも利に聡いのがエアレス商会だから。
こちらの背後にはダンヒル子爵もついていることだしね。
まあ、事件の後で弱っているエアレス商会に、多少の「お見舞い」を包んで差し上げれば、飴と鞭でうまく行くだろう。
「で、その方はどちらにいらっしゃるの?」
「我が家で匿っております」
「……へ?」
なんと、その男性というのはビヴァリー先生の同門で、同じ師に学んでいた弟弟子だという。な、なるほど。それなら優秀そうだ。
ビヴァリー先生は教師として非常に能力が高く、我が商会で預かっている子供たちもメキメキとその能力を伸ばしている。預かっている子供達は年齢がバラバラだから、大きい子供達に、復習がてら下の子供達に教えさせるなどして、それが非常に効果を発揮しているらしい。
そんな有能なビヴァリー先生の同門で弟弟子なら、願ってもない人材だ。
早速その男性と面接し、問題なさそうなのでサクッと雇用契約を結んでしまう。
バイロンさんというその人は、少々神経質で四角四面な感じはするものの、生真面目そうで仕事はしっかりとやってくれるだろう。
ついでにエアレス商会には、お見舞い金と「以前おたくの職場にいたバイロンはウチで引き取ったんで、ウチのもんに手を出したらタダじゃおかないからな?」という脅し文句を柔らかーくして書いたお手紙を送っておいた。
これでまあ身の安全も大丈夫だろう。エアレス商会も少々やり口が汚いとはいえ、完全に裏の組織というわけでもない。あまり表立って騒ぎになるようなことはしないはずだ。
早速バイロンさんに店舗の計画書を見せる。お店に並べる商品は元々うちで取り扱っているものを並べるだけだから、仕入れ値の計算などは楽なものだ。だけれど、ブティックの評判如何によっては、商会で仕入れている量の拡大はしないといけなくなりそう。
現在でもシャーロットとダミアンのおかげで評判が著しいのだから。
「さすがファゴット商会の敏腕聖母と評判の方ですね、商売に関してはよい計画書だと思います。ですが、警備面については穴があるように思います」
バイロンさんは計画書をざっと確認すると、そのように指摘した。
た、確かに私は商売に関してはしっかり詰めていたけれど、警備については詰めていなかった!
高級店の集まる治安のいい地域だし、門番を置けばいいだろう、くらいに考えていたのだけれど、バイロンさん曰くそれでは足りないらしい。
単なる泥棒なら門番を置けば大丈夫だろうけれど、商売敵がウチの機密を盗もうと送ってくる玄人の潜入も警戒しないといけないのだとか。
さすがエアレス商会で辣腕を振るっていたというバイロンさんだ。その視点はなかった……!
「確かに今の流行ぶりを考えると、警備はしっかりとした方が良さそうですね。でもそうすると入り口が物々しい雰囲気になってしまわないかしら? 改装にあたって、警備兵の詰め所なども作った方がいいかしら……」
私が思い悩んでいると、バイロンさんが万年筆を指先で弄びながら考え込む。
「それなら……。ヴィオラ様、男性服も開発する予定とのことですよね? それなら見目麗しい警備員を集めて、彼らにその服を着せてしまえばいいのでは? 入り口が物々しい雰囲気になるのも避けられますし、むしろ通りで宣伝するにはちょうどよろしいかと」
入り口にいる警備員が兼任モデルさんになるのだ。なんという一石二鳥! 私はその案も即座に採用した。
「素晴らしいわ! バイロンさん。それなら改装が終わって店をオープンする前に男性服を開発して、試作品を作らなくては! それに、剣の腕が立ち見目麗しい警備員も集めなくてはね。なかなか人材が集まらなさそうだけれど……」
「こちらも伝手を辿って探してみます」
「よろしくお願いします。こちらの方でも人材は探しておきますから」
そうしてブティックの計画はどんどん進行していった。