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店舗の下見

 目当てのビルディングは高級店の集まる大通りから一本道を入ったところにある。王宮からは少し離れているので、そこまで人通りは激しくない。静かな場所だ。


 そのビルディングは、50年ほど前に建てられたもので、見た目もなかなかに瀟洒であった。

 少し懐かしいような雰囲気のデザインだけれども、それが逆に落ち着きを醸し出している。

 クリーム色の外壁には、蔓薔薇の意匠がそこかしこにあしらわれている。入り口はアーチになっており、曲線美が美しい。


 「外観は悪くなさそうだな」


 「そうですね。やや女性的な印象が強いですが、高級感もありますし服飾ブティックとしてはふさわしい意匠のように思います」


 内部に入ると、そこもまたなかなか悪くない仕様だった。内部に備え付けの調度品は無いためがらんとしているが、厨房は清潔で機能的、広間は柱にも精緻な細工が施されており美しい。小部屋もちょうど良い広さで、商談をするには絶好の場所のように思えた。


 「先日お手紙でお送りした計画書にある通り、ここをティー・サロンにしようと思っているのです」


 「ふむ、良い案だ。確かにファゴット商会は紅茶でも有名だったな。紅茶染めと言ったか。そのドレスを着てここで紅茶を嗜むというのもなかなか粋な演出のように思える」


 なるほどそういう発想もあったか。上流階級の人は、いかに自分が優れた文化的生活をしているかを競うようにして暮らしているから、そういう仕掛けも受けが良いのかもしれない。


 二階は仕切りのない広々とした作り。これは試着室を設けたいので改装が必要かな。ドレスは試着するには手伝いが必要だから、専任の方を3人は雇わないと仕事が回らなさそう。


 三階も二階と同じ造りで、ここは裏方の作業部屋になる予定。あと在庫の倉庫ね。


 必要なものを紙に記入していき、ついでに色々な場所のサイズを測る。大まかに購入する調度品の当たりもつけないとね。まあ、調度品に関しては我が商会でも扱っているから、そちらから手を回せば良いのだけれど。


 ダンヒル子爵とあれこれ話し合いながら調整を進めていく。これはブティックの経営に関して専任の人を雇わないと厳しいわね。私はファゴット・ブランドの服飾関係の仕事もあるから、そこまで手を回せない。誰か適当な人材が見つかれば良いのだけれど。


 下見を終えて、改装に関して子爵と意見を詰めたら業者に依頼する。業者との交渉は舐められないように子爵同伴である。


 やっぱり爵位持ちの貴族がいると全然違うのだ。なにせ下手を打てば首が飛ぶ恐れがあるのだから、みんなそれはそれは真剣に対応してくれる。


 「なるほど、それでは厨房はこのように整えて。応接室は白と金と青を基調とした内装ですか? 最近はワインレッドと樫の深い色など重厚感のあるものが好まれますが」


 「シャーロットをモデルとして広告するつもりなの。だからシャーロットに合った内装にしようと思って」


 「ああ、あの『湖の瞳の妖精』様ですか」


 業者の男性が合点がいったというように手を打ち合わせた。

 

 「何ですか? それ」


 「ご存知ありませんでしたか? ファゴット・ブランド服飾モデルのお嬢様の通称です。湖のようなブルーグリーンの瞳と、妖精のように可憐な容姿からそう呼ばれているのですよ」


 「あら、中々センスがいいですわね。そうだわ、それをシャーロットの謳い文句にしましょう」 


 湖の瞳の妖精かぁ。考えた人はとても素晴らしい感性を持っているようだ。確かにシャーロットは妖精のようだし、金のまつ毛で縁取られたブルーグリーンの瞳は澄んだ湖のようである。


 うんうん、素晴らしい。


 私が一人頷いていると、子爵と業者さんがちょっと生暖かい目で見てきた。


 「えー、ゴホン。それでは、内装は白と金と青で揃えていただいて」


 「はい、かしこまりました」


 改装の打ち合わせが終わったら、あとは業者さんに丸投げ。出来上がるまでの間に求人をしておかないと。


 まずはティー・サロンの給仕さん達。それから厨房の料理人も必要。掃除夫に服の手直しができるお針子さん。接客販売員。それから事務方でしょう?


 商談室で話をするのは私でもいいけれど、正直忙しいしそこまでは手が回らない。


 ああ、どこかに高い教養を得ていて商売のイロハをわかっている人材はいないかしら?


 

 家に帰ってからうんうん頭を悩ましていると、ビヴァリー先生が私に話しかけてきた。


 「ヴィオラ様、どうされたのですか?」


 「そうだ、ビヴァリー先生。誰か新しく立ち上げるブティックの店主を任せられるような人材に心当たりはないかしら?」


 そんなに都合よく見つかるわけはないか、と思いつつ聞くだけ聞いてみる。元々官僚の娘で知識階級のビヴァリー先生であれば、誰か心当たりがいないだろうか。


 「ブティックの店主、ですか」


 「そうなの。読み書き計算ができて、帳簿がつけられて、商売の心得があって、商談ができるような人」


 自分で言っていて虚しくなってきた。そんな人、いるわけもないのに。


 「おりますよ。……とある向きに少し命を狙われている方ですが」


 「……へ?」

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