立ち上げ計画
ブティック立ち上げの計画が始まった。
その傍らで、宣伝のためにシャーロットとダミアンの絵姿を描かせている。少し成長したシャーロットとダミアンは、とんでもない美貌の姉弟として王都でも評判になっていた。そして評判が上がれば上がるほど、それぞれの貴族男性同士が牽制し合ってくれるおかげで、シャーロットの安全が保たれているような状態だ。
故事に、よく伸びる蔓草は断ち切られると言うけれど、上に突き抜けてしまえば逆に誰にも切れなくなるものなのかもしれない。
それに、今まで似たような理不尽に遭ったビヴァリー先生がシャーロットの件について意見してくれた。それというのも、どれほどひっそりと影に隠れようとしてもあれほどの美貌であればどうしようもなく目立ってしまうから、いっそのこと誰にも手折れぬ花として神格化されてしまった方がいいというのである。
確かにその通りだ、すでに愛らしさが神の領域に達しているシャーロットである、神聖な存在として崇められるのは容易なこと。
私は絵師にシャーロットの絵姿を、その神秘性を強調して描くように指示した。
それはそうと、ブティックだ。
まずは王都の大通りにある建物で、買い上げるか借りるかをしなければならない。ダンヒル子爵の肝入りで出店するのだもの。場所もきちんと選ばなければね。
王宮に程近い中心街、高級店が集まる辺りに的を絞り、資料を読み込んでいく。
王宮に近くて大通りの真正面にある建物は、人の出入りは得られそうだけれど、やや手狭で家賃も割高。
一方大通りから一本入った道にある建物は、人の出入りはやや少ないものの広くて家賃も割安。
そしてさらに王宮から離れた地にある建物は、建物の立地としてはイマイチなものの三階建てで広く、一階は厨房がついていてカフェにもできる。一階を商談もできるティー・サロンに、二階をブティックに、三階を事務作業スペースにするなどはどうだろう。
うーん。
正直、人の出入りはこれだけエンパイア・ドレスと子供服が評判になっている今、あまり気にする必要がないと思うのよね。
むしろ立地にこだわって手狭な場所にブティックを設けてしまうと、人が殺到した時に対処しきれない。
宣伝という意味でなら、シャーロットとダミアンが絵姿で十分に評判を呼び込んでくれている。
よし、決めた! 三軒目の王宮からやや遠い三階建てのビルディングにしましょう!
とはいえ資料だけで即決はできない。まずは下見をしなければ。
ひとまず出資者であるダンヒル子爵に連絡を取って、一緒に下見に行きませんかとお誘いをかける。
手紙を書いて送付したら、返事が来るまでの間に計画書の作成をしてしまう。
建物の間取りを書き写して、その間取りにどんどん書き込みをしていく。一階は広い部屋が一つと厨房が一つに小さめの個室がひとつ。小さめの個室は特に上客との商談のために使えるよう、上質な調度品を取り揃えましょう。
広間はテーブルをいくつか置いてティー・サロンに。紅茶染めのテーブルクロスを敷いて、我が商会の商品である紅茶類や茶器類を楽しんでもらいながら、その商品の陳列も兼ねる。
そして二階は服飾のブティックだ。
既製品の服を中心に、オーダーメイドの服も承ることができるようにする。
試着も出来るようにしましょう。それから、既製品の服を軽く手直しして体に合うようにするサービスも設けて。それなら複雑なデザインのドレスでも売りやすいはず。
資料が真っ黒に染まるまで、私は書き込みを続けた。
翌々日、ダンヒル子爵から手紙で返事が来た。下見に同行できる日程も提示してくださっている。
よし、そうと決まれば、早速準備しなければ。
子爵と外出ともなれば、下手な格好で出歩くこともできない。私は自分用のドレスも仕立てていた。
子爵と打ち合わせや相談事などをする機会も増えていたので、そういう時のためにとフォーマルなドレスを用意していたのである。もちろんコルセットは絶対NGだ。
形はエンパイア・ドレスとは違う。
腰回りから人魚の鰭のように絞っていったラインのドレスで、お腹周りにドレープをたっぷりと寄せてコルセットなしでも体のラインが綺麗に見えるようにしている。
元々人魚のような形のマーメイド・ドレスというものはあったけれど、それはコルセットで腰を絞ることが前提。しかも腰が細ければ細いほどいいという文化になってから、対比で腰が細く見えるようにスカートのボリュームはどんどん増していったので、マーメイド・ドレスは少し古いデザインだ。
それをコルセットを使わなくていいように改変したものが、このドレープ・マーメイド・ドレスである。
しっかりと切り込みが入っているおかげで足捌きもしやすく歩きやすい。もちろん布を重ねているので、脚が見えてしまうような破廉恥なことにはならない。
パーティーではないので、落ち着いたブルーグレーの布地に、クリーム色のレースをたっぷりとあしらっている。これなら子爵とお出かけするにもふさわしいでしょう。
当日。バッチリと上流階級らしいフォーマルな服に身を包んで子爵を出迎えた私に、なぜか子爵は見るなり固まった。
「ヴィオラさん、それは、新しく売り出す予定のドレスかね?」
「ええ、そうなんです。コルセットがなくても体のラインが優美に見えるように考え抜いたものなのですよ。昔のマーメイド・ドレスは歩きにくいものでしたけれど、布を重ねることで足捌きもほら……ね? しやすくなっているのです」
その場でくるりとターンをして、ダンスのステップを踏んでみせる。これなら夜会でも着られるし、お腹いっぱいに食べてもドレープのおかげでお腹は目立たない! 私が男爵夫人だった頃の怨念——美味しそうなものがたくさん出ているパーティーで、コルセットのせいで何も食べられなかった——によって開発したものだ。
「確かにすごく優美で、夜会にもふさわしいと思う。……だが少し男にとっては刺激が強いような……」
「そうですか? でもそんなに肌は見えていないですし、コルセットを使って細い腰を演出しているドレスよりは刺激が少ないと思いますが」
肩周りはケープで隠してあるし、足も出ていない。露出といったら腕ぐらいで、体のラインだってコルセットをつけているものよりは強調されていないのだ。ドレープが寄っていてむしろ腰回りのラインは隠されている。
「む……それもそうだが……。いや、変なことを言ってすまなかった。早速下見に行こうか」
ダンヒル子爵は頭を振ってそういうと、馬車へとエスコートしてくれた。