『第四章 象限儀』
朝を迎えると気を失っていた少女は目を覚ましました。
「眠ってしまった、早くなにかを口にして東北へ、『能登』までの距離が一月もかかるとするのなら、星を詠み間違えていたんだ……」
気を失っていた彼女は目を覚ますと自信が屋敷に捉えられたことも忘れて、扉ごしから教えてもらった目的地までの日数を思い出します。
「今は朝、星は見えないよ?」
小粋な聞き取りやすい声が眠っていた彼女の横から返ってきました。
「貴方はどこのどなたなのでしょうか?
私は青海原を渡り、『越後』近くの『能登』と呼ばれている地を目指す旅人の泉帆と申す者です」
起き抜けで力が入らないなが、寝込みながらも泉帆は腹から声を出し、一息で自信の望みを相手にぶつけます。
「はい、泉帆ちゃんですね、私は姓は関根、名を比奈と言います。ここ『壱岐国』の役人ですよ」
体の線が細く軽薄な印象を受けるが、旅人、泉帆の問いかけにすぐさま答え、返事をする関根を前に抱え続けていた疑問をこぼし出します。
「『壱岐国』? 『不知火』『筑紫』と呼ばれていた場所から移動したのでしょうか?」
気を失い運び込まれた泉帆には運ばれた場所がどこか理会できておりません。
「あのおじいちゃんはここを『筑紫国』って話したのかい? 相も変わらず大袈裟な話し方をするんだね」
関根の言葉遣いは小さい子供に言い聞かせるような砕けた口調となり、幼い風貌の泉帆を怖がらせないように口にした疑問に丁寧に答え始めました。
「『筑紫国』はここ『壱岐国』の『水城』の遙かの先にある国、元より辺賊からの難を護るためにこの城『水城』を高く築き上げて、隍を深く掘らせ、海を臨みて守らせているところのことさ」
「おまえのような小物なら無視してしまえばいいが、東海を欲し、軍を発さんとする愚か者が現れたらたまったもんじゃないからな」
関根の説明に扉の向こうから小さく聞こえていたしわがれた声が関根の説明に声を挟んだ
「その声は……」
「おじいちゃんが砕けた話し方をするなんて珍しいね」
険しい表情をしながら泉帆を睨んでいるのは小柄で年老いた老人だったのですが、真っ直ぐで腰も曲がっておらず、しわがれた声は向かい合うとすると萎縮してしまいそうなほどはっきりとした発声だったのです。
「門での問答が事実ならば、この娘がどこで、どのような智識を身につけたのか問いたださなければならないほどの危険人物だ」
「それは本当かい?」
驚く関根を無視しながら老人はふんと鼻を膨らませ、泉帆を睨み付けてながら尋問を始めました。
「娘、数はいくつ数えられる?」
「……数ですか?」
泉帆は意味がわからず老人が口にした質問を繰りしてしまいます。
「門での話では月日を数えることができると答えただろう?」
扉の前で必死に話した内容を思い出しながら泉帆は老人が何を知りたいのかが解らず一つづつ返答しようと、ぽつぽつと独り言のように話し始めました。
「暦の話になりますと、月の形を数え、大の月と小の月ふたつに分けております。日の見方は影の長さを測り、短くなれば夏に至った、長くなれば冬に至ったと考えてます。その二つの陽気が繰り返し巡るため真ん中の陰の長さで春が分かれ、秋が分かれると教わりました。」
「……これはまた」
泉帆の返答に飄々としていた関根が舌を巻いて驚てしまいました。
「やはり当たり前に言ってくれたな、それがわかるってこと出鱈目にいかだを漕いでここに来たわけじゃないな」
「泉帆ちゃん、自分が話している内容は僕たちがすごく偉い人に教えてもらえるとても大事なことだよ、本当に理会しているのかい?」
「覚えはしましたけど、理解はできていなかったようです。目的の地は舟を漕ぎ七日目に到着するはずなので」
「空を詠んだだけでそんなことできるわけがねぇ、流石に無謀だな。満潮や干潮や凪おまえさんが知らねえことが船の旅では起きるんだよ」
泉帆が話す内用が高度な教育を受けていると確信を持ち老人と関根は警戒を強くさせながら泉帆が会話を止めてしまわないよう相槌を打ちます。
「しかし、『越後』は実在していました、後は『能登』まで向かい嶋の神が欲する珠を持ち帰るのです。」
「その発言が、俺達がおまえさんを見逃してやれなくなったってわからねえのか?」
だんだんと話を聞かなくなってきた泉帆に、老人が元の話をさせようと別の質問を差し込みます。
「僕たちのお仕事は海の道の安全を見張り珍しかったり、綺麗だったり、皆が羨ましがる大事なものを取り上げる人がやってこないようにするためこのお城に滞在しているんだよ、そこで自分で見つけ出して持ち帰りますって話したのが駄目なんだよ」
適当に相手をして、老人が満足すれば自身の仕事は終わるものだと考えていた関根だったが、泉帆の話している内容がいつも取り締まっている賊とひどく似ていることに恐怖を覚え口を出してしまいます。
「嘘を付いたところでどうにかなる状況だとは考えておりません、私の目的はかわらず、宝を故郷に持ち帰ることです。」
「そこまでわかっているのなら、お前が故郷で学んだ智識を俺に話してみろ、使えるもんが一つでもあるのならお前の願いにできるだけ応えてやろう」
老人は、自身の望む展開に流れが変わったことを見逃さず、泉帆に言い聞かせるの提案を始めました。
「分かりました、何でもお聞きください、私にはそちらの都合に合わせる以外は許されていないとわかっております」
泉帆の瞳は真っ直ぐに老人を見つめ、決してそらさず向き合う旨を口にしました。
「何時もの猿みたい喚いて手足をばたつかせてる蛮族よりもよっぽどいいぜお前、酒を飲みながら仲良く話したい気分だが、生憎今は仕事中厳しくやらせてもらう」
「よろしくお願いします」
「それでは『老』ここからの仕事に僕は必要なのかな?」
泉帆と老人の話がまとまると、警戒させずに会話をしてもらうために呼ばれた関根自分は必要なのかと疑問を口にし、次になにをすべきかを仕事にかかろうとしていた『老』に指示を仰ぎました。
「思った以上にお嬢ちゃんがお利口で可愛がっちまいそうだからな、俺とお嬢ちゃんの話を横で聞きながらまとめといてくれ」
「分かった、ここからは記録係として二人が脱線しそうになったら口を挟ませてもらうよ」
招かれざる客の泉帆は自身の目的を果たすため、自身がいかに優秀なのか売り込むために老人の疑問全てを答えてしまおうと、横になっていた体を起こし、姿勢を正して老人の前に座りました。
「じゃあ、まずはじめにどれだけの数を数えられるんだ?」
「文字として読み、書くことが出来るのは一から十までと万千百(バン ゼン ビャク) それとその次に”おく”と呼ばれるとても大きな数が続くこと、それとは別に手記のために星の並びと月の形を指す六拾の文字の並び、粮として使われる石高の位として六種。商いのために必用な九九八十一の音の並びと算盤に使われる八さん割のこゑなら本があれば拙いですが習える環境で育てて頂きました」
「関根、この娘が言った言葉の意味理解できているか?」 向きあう二は喧嘩腰で大きな声を張り出しあい、会話を控えておくようにと指示を受けた関根は驚き、用意した道具を手にしたまま固てしまい『老』が怒鳴りつけて役目を促したのです。
「『老』申し訳ないんだが、泉帆ちゃんが凄く大袈裟なのか、僕より凄く頭がいいのか最初の数え方くらいしか僕は聞き取れなかったよ」
叱りつけられた関は両手を挙げて、自分の容量以上のことが起きたと『老』に謝罪の言葉を口にします。
「こいつの話しを俺が口約束に直すとしたら『私は読書を学び毎日日記をつけることが出来ま。四則演算があることを知っていて、道具を用意すれば教科書を片手に実際やって見せます、地図を片手にここまで来ました、今すぐにでも目的の地まで向かわさせてください』って感じだな思いつく限りの全部を言い切りやがったこいつ」
「……嘘だとしてもここまで言い切れる胆力、本当に一人でここまで来たんですかね?」
売り込める限りの売り文句を泉帆は口にしているのだとこの城一番の智識をもち『老』と呼ばれる敬称を預かる男が断言してしまい、今の今までの話し全てに疑問を抱いた関根が呟いてしまいました。
「それだ!!おい女、お前が乗ってきたて言う船はどこ停船させているんだ、法螺を吹いていないのなら乗ってきた船を見せてみろ」
着の身着のままみすぼらしい格好で叫んでいた泉帆の話が真実なら、乗ってきた船を見つけていないとなりません。途方もなくも魅力的な言葉を使い続ける少女を前に扉の番をしていた『老』は頭から抜け落ちていたと慌てて辻褄を合わせなければと気を引き締めました。
「お前はなにも持っていなかった、話しに出てきた船、手記、漁をするための道具を見つけてなければただの法螺吹きを相手にしてた呆けた爺じゃねえか」
「今ままでの話しが嘘なら女の子一人が考えつくとは僕には思えな、誰かに手引きされた密偵だとさえ考えてしまったよ」
次々に考えが甘く危険な行為に及んでしまっていたのだと役人の二人が泉帆の荒唐無稽な話しを思い返して指摘していきます。
「おい!!聞いていんのかい、いますぐ停めた船の場所を話せ、出なけりゃ『能登』まで運んでやるどころか逆賊の手引きをしたと縛り首の極刑になるぞ!!」
甘い言葉に酔ってしまい、後先も考えずに先走っていると『老』は肝を冷やして泉帆に証拠の提出を要求します。
「泉帆ちゃんごめんね、すでに『老』が城の中に招き入れてしまったから君の話が嘘だったのならどうやっても罰を与えなければならな」
若く幼い女の子だと高をくくって飄々としていた関根ですら今起きている事件を馬鹿にして聞き流してはいけないと態度をあらためて厳しい対応に変えると断言しました。
「何一つ問題はありません、荷物は一つも手放していないのですから」
落ち着いた口調で両手を並べてお椀の形を作ると泉帆は一言
「示せ」
上に向けた手の平に煙のようなもやを役人二人の目が見て取ると何処からともなく装幀された一冊の上等な書物を泉帆は手にしていたのでした。
「いま、なにが起こった?」