『第三章 北越雪譜』
:『第三章 北越雪譜』
武装した役人に囲まれ、孤独にさまよい漂っていた少女は屋敷のなかに連れ入れられました。寒さに震えていた少女の肌には屋敷はとても暖かく招かれざる客にもかかわらず、彼女はひどく安堵してしまい、気を失ってしまったのです。
「気を失ってしまいましたか、独り海の上で七日も過ごしたそうです。受け答えがはっきりしていたのも最後の力を振り絞ったのかもしれません、寝かしておいてやりましょう」
嗄れた声の主は小さく腰の曲がった老人でした。
「しかし、『老』の報告どおりで有るのならば、この少女はとても不気味ではありませんか?」
集まった役人の中で一番たくましい大男が不安の声を上げます。
「話はわかりやすく、とても丁寧でした、我々のような怖い男どもに囲まれてしまってはだまりこくってなにも聞き出せないかもしれません、この娘と同じ背丈で賢い者は今この屋敷に滞在していましたか?」
気を失った少女は屋敷に住む者からしたら善悪はわからず起きるまで監視をつけなければなりません起きた後に少女から話を聞き出せるように適任者を老人は選定し始めたです。
「ここは青海原からくる賊を最初に取り押さえる『壱岐国』の『水城』知識人として『筑紫国』から派遣された『老』以外は荒事に対応するためにえらばれた我々野蛮な防人しかおりませんよ」
「では、近くから幼い子でもよこさせて見張らせておきますか?」
「預かった子供に何かあっては邑の者たちに囲まれここで仕事ができなくなるぞ」
「腰に紐でも結んでしまい、『老』が同じ部屋に待機すればいいのでは?」
少女が眠ってしまったので気を張っていた役人たちが口々に思い思いの考えを発し始める。
「嘘か誠か、この子が扉越しに上げていた声は、私の問答に正しく答えていたのです。彼女の知識がどれほどかを見定めて価値があるのならば都に連れて行きお上から褒美がもらえるかもしれません」
「おお」
「どんな褒美があることやら」
「夜の見張りの時は酒粕を湯に溶き塩をつまんでおられる『老』が大声を上げたと報告を受けて遂に気をやられたかと覚悟を決めていたのですが」
「貴様ら、この女を丁重にもてなすぞ」
扉の向こうから聞こえた声はこの屋敷一番の智識を持っており、いつもは少女のような海を越えてきた咎人は知らぬ、存ぜぬで捨て置く不真面目な態度のようですが、少女の問いかけに興味を示し屋敷に取り込んでしまったのです。
「こんな痩せ細った女の子ですが、都に返り咲く鍵になるかもしれません。なるべく沢山話させて、書類をまとめ価値があるのなら本当にこの娘が望む『能登』まで輸送させやって宝を捜させても面白いかもしれませんね」
「どこから来たのかわからない者にそこまで期待するとは、彼女は『老』となにを話されたのですか?」
「何ともないことです、夜に見上げた月がどんな形をしているのか、星の並び方からどこに向かいたいのか、日差しの高さ長さがどれぐらいなのか」
「それが如何したんですか?」
「彼女がとても優秀な渡り鳥と言うことです、取って来いができる優秀な犬なのですよ」
「あいかわらず『老』は人を人としてみていないのが恐ろしいですね……誰かこの城の中で一番雅な方に説明してこの餓鬼の話し相手をしてくれって報告しておけ!!」
思い思いを口にしていた役人たちは老と最初に話していた大男の指示を受けてちりじりに解散していました。