バタフライ公爵との謁見
招待された庭園は、一面に花が咲き誇り、そこかしこを優雅に舞う蝶たちが幻想的な景色を作り出していた。
静かにそよぐ風が、甘く芳しい花の香りを運んでくる。
(さすがはバタフライ公爵の庭園 ってところか……)
「きれいな庭ですね」
「そうじゃろう! この庭も、ノエムが手入れしておるのじゃ!」
まだ平らな胸を張り、誇らしげに語るパピヨンお嬢様。
一方、メイドのノエムさんは 豊満な胸に手を添え、控えめに微笑む。
「滅相もありません、お嬢様」
(……この二人、なんという 対比 だぞう)
「とりあえず、ここに来るとよい」
バタフライ公爵がテラスの席に腰を下ろす。
僕も対面に立つと、パピヨンお嬢様とノエムさんはそっと席を外した。
入れ替わるように、別のメイドが静かに紅茶を注ぐ。
「茶はどうだ」
「ありがたくいただきます」
洒落たティーカップを鼻で掴む。
その瞬間――ふわりと立ち昇る、豊かな香り。
(……紅茶って、こんなに香りが強かったっけ?)
ほのかに甘く、どこかスパイシーな芳香が鼻をくすぐる。
(これは、ただの紅茶じゃないぞう……!)
慎重に鼻から口へと紅茶を注ぐと、芳醇な風味が口いっぱいに広がる。
「これ、とても美味しいですね……!」
「そうだろう? この紅茶は、我が領土で栽培された茶葉を使った特産品だ」
「へえ……!」
(なるほど、領地ごとに 特産品があるのか……おしゃれだなぁ)
そんな風に紅茶を楽しんでいた矢先――バタフライ公爵の表情が、急に真剣なものへと変わった。
「突然ですまないが――タイゾウ殿。近日、我々は王都のパーティーに出席することになっている。」
「王都……ですか?」
(そういえばアンリも「ここは王都への中継地だ」って言ってたな……。王都か……どんな場所なんだろう?)
「ああ。しかし――王都への道も決して平坦ではない。盗賊や魔物の襲撃が相次ぎ、危険も少なくないのだ」
「……それで、僕に護衛を?」
「そうだ。貴殿は体力もあり、戦闘力も高い。並の冒険者よりも ずっと頼りになる存在だと、私は思う」
(……なるほど)
確かに、この身体の頑丈さとパワーだけは自信がある。
これまで戦った相手も、リザードマンにダイヤウルフにゴブリン……
(……まあ、なんとかなってきたしな)
「それに――」
バタフライ公爵が、ふっと口元を緩める。
「娘も貴殿のことを話すときは、いつにも増して笑顔が眩しいからな。大層、懐いているのだろう」
(……ああ、なるほど)
パピヨンお嬢様の 「タイゾウ~! 遊んでくれたもう!」 という無邪気な笑顔が脳裏に浮かぶ。
バタフライ公爵は、そんな娘の姿を嬉しそうに思っているんだな。
「だから――この依頼を受けてはくれないか? 報酬も弾むぞ。」
バタフライ公爵は、深々と頭を下げた。
(……これは……断れる雰囲気じゃないな)
深々と頭を下げるバタフライ公爵の申し出を、僕は断ることなんてできなかった。
(ああ……これが社畜としての性なのか……)
お偉いさんから、こうして頼み込まれると――昔から断れなかったんだよな……。
(会社の上司に「椎名くん、君にしか頼めないんだよ」って言われたら断れなかったあの頃を思い出すぞう……)
……だが、どうせなら 意味のある仕事 をしたい。
(それに……この世界での僕は、社畜じゃなくて 「冒険する象」なんだし!)
「……分かりました。その依頼、引き受けましょう」
「本当か!」
「はい。よろしくお願いします、バタフライ公爵」
「こちらこそ、頼んだぞ! タイゾウ殿!」
バタフライ公爵と、鼻で固い握手を交わす。
……こうして 王都への護衛依頼を引き受けた僕だったが――
(……これでよかったのだろうか?)
わずかな不安が、心のどこかに残っていた。
出発の日までの間に、リリアに連れられてアクセサリーショップへ足を運ぶことにした。
「それにしても、あんたが公爵から勲章をもらうなんて思わなかったわよ!」
「僕も予想外だったぞう……」
蝶の勲章を渡された時のことを思い返す。
(……せっかくの勲章、なくさないようにしないとな)
「それで今日は、この勲章を持ち歩くためのアクセサリーを作りに来たのね」
「うん。バッジ単体だと、どうしても持ち運びに不便だからね」
そうして足を運んだのは、魔女の帽子を象った看板が目を引くアクセサリーショップ。
木製の扉には、繊細なレース模様の彫刻が施されている。
「ごめんくださーい!」
リリアが扉を叩くと、店の奥から気さくな雰囲気のおばさんが顔を出した。
「あら、いらっしゃい。今日は何のご用かい?」
「このヒトにアクセサリーを作ってもらいたいんだけど」
リリアの言葉を聞き、店主のおばさんが僕をじっくり見上げる。
「おやまあ! なんて大きなお客さんだこと!」
(まあ、そりゃあ驚くよね……)
「とりあえず彼のバッジを首から提げられるようにしてほしいの」
僕が蝶の勲章を鼻で差し出すと、おばさんは目を丸くして声を上げた。
「こ、これは……公爵様の勲章じゃないか!」
「そうなんです、いろいろありまして……」
「ほう……お前さん、ただの獣じゃなさそうだねえ」
「まあ、それなりに」
「でも、お前さんみたいな大きな体格の相手は初めてだねぇ。まずは採寸からしないと
そうして僕は、おばさんに全身の採寸をしてもらうことに。
しかし、僕の巨体に合わせた測定は、どうやら想像以上に大掛かりなものになってしまったらしい。
「すみません……僕の体が大きすぎて、大変ですよね?」
「いいってことさ! 初めてのことはワクワクするからねぇ!」
(なるほど……このポジティブさは見習うべきかも)
しばらくして、おばさんが作ってくれたのは 緑色のポシェット。
「これでどうだい? 紐もお前さんの首に合うよう、特別長くしてあるよ」
「ありがとうございます!」
ポシェットは丈夫な革で作られていて、僕の体格でも違和感なく装着できる。
これで 蝶の勲章も安全に持ち運べるぞう。
「すまないねリリア。君に払わせることになってしまって」
「気にしなくていいわよ。今までこっちが十分過ぎるくらいお世話になったんだもの、このくらいはお返しさせてよねっ」
ハキハキと言うリリアに、僕は胸が晴れるようだ。
あっちもあっちで、僕が助けてばかりで申し訳ないと思っていたんだろう。
これでギブアンドテイクになって良かったぞう。
「新しいポシェット、似合ってるかなあ?」
「ええ、とてもよく似合ってるわよ」
「リリアにそう言われると嬉しいぞう」
「ねえタイゾーさん、よかったらギルドに冒険者として登録してみない?」
「え?」
唐突な提案に、僕は思わず足を止めた。
「冒険者になれば、自分でお金を稼げるようになるし、町での生活もしやすくなると思うの」
「うーん……」
確かに、一理ある。
お金があれば、誰かに依存せずに済むし、町での不自由も減るはずだ。
でもな……
(……僕、もともと 仕事漬けから解放されるために象になったんだけどな……)
「――どうしたの、タイゾーさん?」
「あ、ううん。なんでもないよ」
(まあ、前のブラック企業とは違うか……)
果物売りの手伝いをしたときも、ちゃんと報酬はもらえたし、公爵の依頼も報酬を弾むって言ってた。
(……よし、試しにやってみるか)
「分かった、できるか分からないけどギルドに行ってみるよ」
「それはよかったわ!」
そんなこんなで、僕はリリアと一緒にギルドへ向かった。
「それじゃあマユラさんを呼んでくるから、一度勲章を預けてくれない?」
「うん、いいよ。どうぞ」
蝶の勲章をリリアに預け、僕は待機。
だが、今回はすぐにリリアが 二人の人物を連れて戻ってきた。
一人は、ウエイトレスのような制服を着た若い女性。
そしてもう一人は――筋骨隆々な体つきに、妙に濃い化粧をした……おネエ風の男!?
「連れてきたわ、タイゾーさん。こちらが ギルマスのアーノルドさんと、いつもお世話になってる担当のマユラさんよ」
「アーノルドよぉ~~!」
おネエ風の男が、たっぷりした手つきで僕を見上げる。
「あなたが タイゾーさんね? まあまあまあ! なんて立派な身体なのぉ~~!」
(……キャラが濃すぎるぞう)
「タイゾーさんは とっても利口で優しいの! 絶対に活躍できるわ!」
「えぇぇ……?」
マユラさんが困惑する中、アーノルドさんが割って入る。
「こらこら、マユラちゃん! 人を見た目で判断しちゃダメよぉ!」
「さぁ! アタシが 直々に手続きをしてあげるわ!」
それから僕は冒険者の説明と手続きをすることに。
「タイゾウさん、ギルドの階級について説明するわね」
冒険者は、実績によって階級分けされている。
グリーン → ブロンズ → シルバー → ゴールド → プラチナ → ダイヤ → 最高位のマックスクラス。
基本的に、最初は「グリーン」から始まり、実績に応じて昇格していく。
「まずは グリーンカード を渡すわね」
マユラさんから受け取ったのは、緑色の冒険者カード。
「これでタイゾウ様も 正式な冒険者 になれましたよ!」
こうして、僕は冒険者としての一歩を踏み出すことになった――!