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ノエムの鬼気

 パピヨンお嬢様のやんちゃぶりに呆れていたところへ、リリアが裏通りから戻ってきた。


「猫は見つかったかい?」


 僕が問いかけると、リリアは華奢な肩をすくめ、首を横に振る。


「ううん、猫自体は結構いたけど……探してるのはいなかったわ」

「そっか……」


 迷子猫探しも、一筋縄ではいかないんだな……。


 それを聞いていたパピヨンお嬢様が、興味津々な顔で口を挟む。


「猫を探しておるのかや?」

「あれ、この女の子は誰なの、タイゾーさん?」

「ああ、この娘はパピ……痛たっ!」


 紹介しようとした途端、前足をつねられた。


「わらわのことは秘密じゃ。ここに公爵令嬢がおると知れたら、騒ぎになるからの」

(それが分かってるなら、そもそも 屋敷を抜け出すなよ……)


 呆れた僕の視線をよそに、パピヨンお嬢様はすまし顔で宣言する。


「わらわはパピィ。ただの町娘じゃ!」

「へえ~、あたしはリリア! よろしくね、パピィちゃん!」


 そう言うやいなや、リリアと 仲良く握手していた。


(おいおい……こんな簡単に馴染むものなのか?)


 どうやら目の前の少女が公爵令嬢だとは、リリアは夢にも思っていないらしい。


「それでリリアよ、お主は何を探しておるのじゃ?」

「迷子の猫よ。ギルドで受けた依頼でね」

「ほう! それは面白そうじゃ! わらわも手伝うのじゃ!」


「え、パピヨ……ううん、パピィちゃんが!?」


 うっかり本名を言いかけ、パピヨンお嬢様ににらまれる。


 慌てて訂正する僕をよそに、彼女は 元気よく胸を張る。


「うむ! なんか楽しそうなのじゃ!!」

「それじゃあ一緒に探しましょう、パピィちゃん!」

「なのじゃ!」


 思わぬ形でパピヨンお嬢様が加わり、僕たちは改めて迷子猫探しを開始した。


「リコちゃーん!」

「どこにおるのじゃ~?」


 入り組んだ裏通りのあちこちを探し回るリリアとパピヨンお嬢様。


 僕はその傍らで、注意深く彼女たちを見守る。


 もしパピヨンお嬢様に何かあったら……。

 それを考えるだけで、ぞーっとするぞう。


 そんな僕の心配をよそに、二人が首に赤いリボンを巻いた黒猫を抱えて戻ってきた。


「見つけたわ!」

「可愛い黒猫だったのじゃ!」


 探していた黒猫は、パピヨンお嬢様の胸の中で安らいでいる。


 ……よかった、お嬢様の顔が引っかかれてなくて。


「それでは ギルドとやらへ報告 なのじゃ!」

「そうね!」

「う、うん」


 ギルドへ戻ろうとしたその時――


「うう……足が痛いのじゃ~」


 パピヨンお嬢様が、その場にうずくまった。


「どうしたの、パピィちゃん?」

「歩きすぎたのじゃ……」


(……やっぱり 箱入り娘だったか)


 どうやら外を歩くのに慣れていなかったらしい。


「それじゃあ タイゾーさんに乗せてもらえば? いいよね、タイゾーさん!」

「僕は構わないけど」


 僕がしゃがむと、パピヨンお嬢様は戸惑った様子で見上げる。


「うーむ、これは……高いのじゃ~」


(なるほど。子供の彼女には、僕の背中をよじ登るのが難しいのか)


「それなら、まず僕の前足に足をかけてみましょうか? そうしたら僕も手伝えますから」


「かたじけないのじゃ!」


 パピヨンお嬢様が、小さな足をそっと前足に乗せる。


 僕は前足と鼻を駆使し、優しく背中へと乗せた。


「ほう、これがタイゾウの背中か! 大きいのう!」


 僕がゆっくり立ち上がると、彼女はさらにテンションが上がった。


「おお! 高いのじゃ~~!!」


 きゃっきゃとはしゃぐパピヨンお嬢様を乗せ、僕はリリアと一緒にギルドへ向かう。


 そしてギルドの前で、黒猫を抱えたリリアを見送った。


「パピヨンお嬢様」

「今はパピィじゃ!」

「じゃあパピィちゃん、いつまでこうしてるつもりなんですか?」


 じと目で問いかける僕に、パピヨンお嬢様は寄りかかって答える。


「まだじゃ。わらわはもっと楽しいことをしたいのじゃ!」

「はぁ……」


(やっぱり帰る気、全然ないじゃないか……)


 そうかと思えば、パピヨンお嬢様が僕の長い鼻にじゃれついてくる。


「タイゾウ~。わらわは暇じゃ、遊んでくれたもう!」

「しょうがないですねー」


 僕が小さな身体を鼻で抱え上げると、彼女は大喜び。


「おお~! 高い高いなのじゃ~~!!」


 その光景を見た町の人々が、次々と集まってくる。


「わたしも乗りたい!」

「おれも!」


「はいはい、順番だぞう」


 僕は順番に人々を鼻で抱え上げ、楽しませた。


「タイゾウは人気者じゃな! わらわも鼻が高いぞ!」


 未発育な胸を張るお嬢様。


 ――その時だった。


 僕は吹雪のように冷たい殺気を感じる。


(この気配は……!?)


「パピィちゃん、気をつけて」

「む? どうしたのじゃ?」


 呑気に首をかしげるパピヨンお嬢様を 懐に寄せる。

 同時に、人混みをかき分けて現れたのは――


「見つけましたよ、お嬢様」


 大振りなメイスを引きずり、静かに怒りをたぎらせる――鬼人メイド、ノエムさんだった。


「の、ノエム……」


 迎えに来たノエムさんに対し、パピヨンお嬢様は僕の足にしがみつく。


「ノエムさん? どうしたんですか、そんな怖い顔して」


 僕の問いかけに、ノエムさんは 氷のような目 で睨みつけてきた。


「タイゾウさん、まさかあなたが……お嬢様を 連れ去ったとは」


(連れ去った……? まさか僕が?)

「待ってください、誤解です! 僕はただパピヨンお嬢様を保護しただけで……」


「お嬢様をさらうなど――万死に値する!!」


 ノエムさんは 僕の言い分も聞かずに、地面を蹴って突っ込んできた!


「はあああっ!!」


 一瞬のうちに間合いを詰められ、巨大なメイスが振り下ろされる!


 僕はとっさに鼻を伸ばし、なんとか受け止めた。


 その瞬間――

 ドゴォォォォン!!


(う、うわぁっ……!?)


 凄まじい衝撃!


(な、なんてパワーだ……!)


 アフリカゾウの僕ですら、受け止めるだけで精一杯だなんて……。


「待ってくださいノエムさん、話を聞いて!!」


「問答無用です! その狼藉、命をもって償え!!」


(ダメだ、この人ガチで怒ってる……!)


 僕が必死に叫ぶも、ノエムさんは一切耳を貸さない。


「このっ!!」


 ノエムさんが狙いを僕の脚へ変えた瞬間だった。


「待つのじゃ、ノエム!!」


 パピヨンお嬢様が、僕の影から飛び出した!


「パピヨンお嬢様!?」


 その姿を見た ノエムさんの動きが、一瞬で止まる。


 そして――メイスを納め、ひざまずいた。


「……っ! お嬢様……!」


 堂々とした姿勢で、パピヨンお嬢様はノエムさんを見下ろしながら命じた。


「ノエムよ。わらわが自らタイゾウに会っておったのじゃ。こやつは悪くない!」


 ノエムは その言葉に、深々と頭を下げた。


「……はっ。これは失礼いたしました。ボクとしたことが、取り乱してしまいました……」

「うむ、分かればよい」


 パピヨンお嬢様は満足げに頷く。


 そのやりとりを見ていた 町の人々が、ざわつき始めた。


「お待たせ~っ! ……って、一体何があったの!?」


 そこへ、ようやくリリアが戻ってきた。


「リリアよ、ウソをついて申し訳なかったの」

「ウソ?」


 ノエムさんが 静かに宣言する。


「はい。このお方こそ――公爵令嬢、パピヨンお嬢様でございます」

「うそっ!? パピヨンお嬢様だったの~~!?」

(……ほんとに 全然気づいてなかったんだね)


「それでは帰りますよ、お嬢様」

「そうじゃの。タイゾウ、リリア、世話になったの! また会いに来るのじゃ~!」


 ノエムさんに連れられ、パピヨンお嬢様は手を振りながら去っていった。


「それじゃあ、僕たちも帰ろうか。……リリア?」


 ふと見ると、リリアが放心状態でペタンと座り込んでいた。


「……あたし、公爵令嬢に失礼なことしちゃったかしら……?」


 その顔は、完全にやらかしたと言わんばかりの表情。


「それなら気にすることないぞう。パピヨンお嬢様は、そんな器の小さい娘じゃないから、きっと」

「……そうだといいんだけど……」


 ともかく。

 パピヨンお嬢様との電撃的再会は、こうして幕を閉じたのだった。

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