まさかの再会
翌日、僕は町の外で軽く 草を食んで 小腹を満たしてから、宿屋の前に戻ってきた。
すると、中から言い争う声が聞こえてきた。
「あたしなら独りでも大丈夫! だから無理しないで、お兄ちゃん!」
「そう言うわけにはいかないだろ、リリア。お前が独りで行くなんて無茶だ。俺も行く」
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(おやおや、また兄妹喧嘩か)
そんな口論の現場に、僕は 長い鼻で窓枠を軽く叩く。
コン、コン。
「タイゾーさん! おはよう!」
窓からリリアが顔を出した。
「どうしたの?」
「お二人さんが言い合ってるのが聞こえてきたものでね。一体どうしたの?」
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「それがね、お兄ちゃんが怪我してるのに仕事へ行こうとするのよ!」
「リリアを独りで行かせるわけにはいかないんだから当然だろ」
口を挟んだのは、兄のアンリ。
どうやら独りで仕事に行こうとするリリアを、アンリが止めていた らしい。
確かに、若い女の子が独りで危険な仕事をすると思ったら、兄として止めるのも当然な気がする。
しかし、リリアも頑固らしく、アンリと一歩も引かずに口論を続けていた。
(うーん、この兄妹喧嘩、どうするべきか……?)
(……あ、いいこと思いついたぞう!)
「リリアが独りでなければいいんだね?」
「まあ、そうなるな」
「なら、僕が代わりにリリアと同行するよ」
「えっ、本当に!?」
リリアが 目を輝かせて食いつく。
一方で、アンリは 渋い顔 をしていた。
「……けどいいのか? あんたに俺たちを助ける義理なんてないと思うんだが……」
「気にすることないぞう。困ったときはお互い様だよ」
「ありがとう、タイゾーさん!」
リリアが 長い鼻を抱きしめる。
(……ん? 何か柔らかいものが当たってる……。しかも、いい匂いが……)
気のせいだろうか。
「それじゃあ行ってくるね、お兄ちゃん!」
「タイゾーさんを困らせるなよ」
程なくして リリアが宿屋から出てきた。
「お待たせ! タイゾーさん、行こっか!」
「そうだね」
リリアのハツラツとした笑顔が、僕にはまぶしかった。
こんな前向きな彼女を見ていると、ふと前世の自分を思い出してしまう。
――あの頃はただ虚無感のままに働いていただけだったな……。
「どうしたの、タイゾーさん?」
「あ、ううん。なんでもない」
今は今だ。昔のことなんて思い出す必要はない。
そう言い聞かせた僕は、リリアと一緒にギルドの近くまで歩いていった。
「それじゃあ、ちょっと待っててね~」
リリアがギルドの建物へ入っていく。
僕は鼻を上げて彼女を見送り、待機することにした。
(……なんだか、慌ただしい気配がするぞう)
足裏を通して伝わる、雑踏のざわめき。
気になって辺りを見回すと、見覚えのある メイドの少女 を見かけた。
ネイビーのメイド服、淡い青緑のショートヘア、額の角。
(あの人……確か パピヨンお嬢様の専属メイド、ノエムさん だよね?)
だが、彼女は何かを探している様子。
辺りを慌ただしく見渡しながら、そわそわと動いていた。
すると、彼女が僕に気づき、駆け足で寄ってきた。
「また会いましたね、タイゾウ様! まさか町にいらっしゃるとは……」
「あ、はい。どうかしましたか?」
僕がそう問いかけると、ノエムさんがすり寄ってくる。
(ちょっ……そんなに密着すると……! 柔らかいものが当たる……!)
「あの、パピヨンお嬢様を見かけませんでしたか?」
「え?」
「屋敷から急にお姿が見えなくなって、家来の者が総出でお探ししているのです……」
「僕は知りませんよ」
「そうですか……。もし見かけたらボクにお知らせください!」
そう言い残し、ノエムさんは慌ただしく立ち去っていった。
(パピヨンお嬢様の失踪……これはただ事じゃないぞう)
――そんなノエムさんが去った直後。
入れ替わるようにリリアがギルドから出てきた。
「お待たせ! 待った?」
「ううん、こっちは大丈夫。それより……」
「ん? どーしたの?」
ノエムさんの話を相談しかけたが、躊躇う。
(……リリアを巻き込む必要はないかもしれない)
「ううん、なんでもないぞう。それで今回はどんな依頼を受けるんだい?」
「今回は迷子の猫を探す依頼にしたわ」
そう告げるリリアは、どこか不満げな様子 だった。
「お兄ちゃんから "危険な依頼は受けるな" って釘を刺されちゃったから、仕方なくこれにしたんだけど……なんか物足りないわ」
「そう言わないの、リリア。お兄さんはリリアのことを心配してるんだよ、きっと」
「むぅ……」
リリアは頬をぷくっと膨らませる。
その様子が可愛らしくて、僕は彼女の肩に長い鼻を回し、優しくぽんぽんと叩いた。
「それじゃあ、迷子猫探しに行くぞう!」
「ええ、そうね!」
こうして、僕はリリアと一緒に迷子猫を探すことにした。
「今回探すのは 赤いリボンを首に巻いた黒猫 らしいわ」
「名前は?」
「リコちゃんっていうの」
「リコちゃーん! どこにいるの~?」
リリアは 大きな声で呼びながら探し始める。
しばらく歩いていると、リリアが 僕の鼻先を見上げて こんなことを訊いてきた。
「ねえ、タイゾーさんの力で猫を探すことってできないのかしら?」
「うーん……匂いが分かれば いいんだけどね……」
三百キロ先の水場を嗅ぎ当てるアフリカゾウの嗅覚 があれば……なんて思ったけど、そもそも猫の匂いを覚えていない。
(匂いのついた遺留品でもあればなあ……)
「とりあえず、猫がいそうな場所を探すのが先決 だね。たとえば、物陰とか狭い場所とか」
「それもそうね!」
そんなわけで、僕たちは 町外れの裏通り へ向かうことにした。
「賑やかな表通りのすぐ近くなのに、こんなに静かなんだね」
「そうね。ここは 人通りがほとんどないから」
(なるほど、確かに 迷子の猫が潜んでいても不思議じゃないぞう)
しかし――ここで 問題が発生した。
僕の巨体では、この狭い裏通りは身動きが取れそうにない。
「……リリア、ここは頼んだぞう」
「え? じゃあタイゾーさんはどうするの?」
「ここで待ちぼうけだぞう」
この巨体では町での捜索活動には向かない らしい。
いやほんと、町の暮らしはなにかと不便だぞう……
そんなことを考えながら 手持ち無沙汰に待っていると、背後である匂いを捉えた。
(……ん? この香り、どこかで……)
上品で高貴な花の香り。
一度嗅いだだけでも、間違えようがない。
僕は ゆっくりと後ろを振り向く。
すると――
「タイゾウ! また会えたのじゃ!!」
赤い頭巾をかぶった少女が こっちへ駆け寄ってきた。
彼女は 被っていたフードをぱっと脱ぐ。
すると、短めの金髪がふんわりとそよいだ。
頭の後ろには、蝶々のように大きなリボン。
普段の きらびやかなドレス姿 ではなく、
もっと地味な服装 をしていたが――
間違いない。
「……パピヨンお嬢様!?」
(まさか……本当に失踪 していたのか!?)
思わぬ再会に目をぱちくりさせる僕の鼻 に、パピヨンお嬢様が抱きついてきた。
「まさかここで会えるとは思うていなかったのじゃ! 嬉しいのじゃ!!」
そう言いながら、すりすりと顔を擦り付けてくる パピヨンお嬢様。
そこから ふわりと漂ってくる香り。
(……なんていい香りなんだろう)
ただ嗅いでいるだけで、心がふわっと安らぐような心地よさ。
(……って、違う違う!!)
うっかりうっとりしてしまった自分にハッとなる。
「――おっと! パピヨンお嬢様、どうしてここに!?」
「え?」
「メイドのノエムさんが必死に探してましたよ!」
僕の言葉に、パピヨンお嬢様はつり目がちな紫の瞳を不満げにひそめる。
「ノエムか……また余計なことをしおって」
「お嬢様……?」
僕が 怪訝そうに鼻をひくつかせると、パピヨンお嬢様は ふふーん、と自慢げに胸を張った。
「わらわはタイゾウが町に来ておると耳に挟んでの! こっそり屋敷を抜け出してきたのじゃ!!」
(……やっぱりか)
予感はしてたけど、まさか本当に屋敷を抜け出してきたとは。
パピヨンお嬢様は 得意げに胸を張っている けど、薄い胸だからか、いまいち威厳が出ていない。
(いや、そこは関係ないぞう……)
「パピヨンお嬢様、悪いことは言わないので、すぐに屋敷へ帰った方がいいと思いますよ」
「なぜじゃ?」
「たぶん ご家族も心配してますって」
僕の説得に、パピヨンお嬢様は ぷくっと頬を膨らませる。
「ヤ~じゃ! わらわはもうちとタイゾウと一緒にいたいのじゃ!!」
(……むむむ)
どうやら なかなか手強いぞう。
それにしても、どうしたものか……。