妖精と行くビオレの町
僕がビオレの町に向けてのっしのっしと歩くあいだ、妖精のセフィちゃんは周囲を飛び回って、まるで初めての遠足を楽しむ子どものようだった。
「きゃはっ、タイゾウって虫さんともお友達なんだね! いーっぱい寄ってきてる!」
「あはは……それはあんまり嬉しいお友達じゃないかな」
能天気な言葉に、僕は苦笑いを浮かべる。
この中には、血を吸いに来る蚊やアブも混じっているのだ。
長い鼻やふさふさの尻尾を振っても、なかなか追い払えない厄介者である。
するとセフィちゃんが、ふっと思い出したように手をポンと叩いた。
「じゃあ、虫さんたちにお願いしてくる!」
そのまま羽虫の群れに飛び込み、何やらちょこちょこと話しかける。
次の瞬間、虫たちはまるで合図を受けたように僕から離れていった。
「え、今何したの?」
「えへっ、虫さんたちに“帰ってね”って言ったの!」
「そんなこともできるのか……助かるよ」
にかっと笑うセフィちゃんに、僕は素直に感謝の鼻を鳴らした。
――これは旅でもかなり助かるぞう。
しばらく歩くと、いつの間にかセフィちゃんが僕の頭の上で翅を休めていた。
「ふーっ、ちょっと休憩~」
小さすぎて、乗っている感触はほとんどない。
それでも頭のてっぺんにわずかな重みを感じるのは、なんだか心地よかった。
「ビオレの町まではもう少しだから、もうちょっと頑張ってね」 「はーい!」
そして、馴染みの町・ビオレの門前に到着。
門番は僕の姿を見るなり笑顔で通してくれる。
すっかり顔パスだ。
町へ入ると、久々に感じる賑わいと人の匂いに心が躍る。
「わ~っ! ヒトがいっぱ~い!!」
セフィちゃんも珍しそうにきょろきょろ。飛び回るたび、周囲の人々が驚いた顔をしている。
妖精の存在はやはり珍しいらしい。
「あんまり僕から離れないようにね」
「はーい!」
セフィちゃんが戻ってきたところで、僕は町の中心にある領主様の屋敷へ。
板チョコみたいな大きな扉を鼻でノックすると、メイドのノエムさんが姿を現した。
「これはタイゾウ様、お久しぶりでございます」
メイド服のスカートをつまんで上品に会釈するノエムさんに、僕も丁寧に返す。
「お久しぶりです、ノエムさん。バタフライ公爵はいらっしゃいますか?」
「はい、すぐにお呼びいたしますね」
ノエムさんが屋敷の奥へ消えると、セフィちゃんが耳元に近づいてひそひそ声。
「あの人もタイゾウのお友達?」
「お友達……そうだね、そんな感じかな」
すると――。
「タイゾウ~!」
軽やかな足音と共に現れたのは、ピンクとマゼンタのドレスに身を包んだパピヨンお嬢様。
「久しいのう! わらわも会いたかったのじゃあ!」
「僕もです、パピヨンお嬢様」
僕の鼻に抱きついて顔を擦り寄せるお嬢様に、セフィちゃんがひらひらと飛び寄った。
「あなたもタイゾウのお友達?」
「おやっ、お主はもしや妖精かや!? 初めて見たのじゃ!!」
お嬢様の瞳がきらきらと輝く。
「セフィだよ! よろしくね!」
「わらわはパピヨンじゃ! よろしく頼む!」
二人が小さな握手を交わすのを、僕は微笑ましく眺めた。
そこへ奥から、バタフライ公爵が姿を現す。
「タイゾウ殿、久しいな。今回は何の用だ?」
「実は、この妖精さんが迷子になってまして……」
「そうなの! 妖精の花園って知らない!?」
セフィちゃんの問いに、公爵は目を丸くする。
「妖精か……私も見るのは初めてだ。詳しくは知らぬが、この町の外れに妖精を研究している変わり者がいる。案内しよう」
「ありがとうございます。――行こっか、セフィちゃん」
「うんっ!」
歩き出そうとしたそのとき、パピヨンお嬢様が声を上げた。
「待つのじゃ! セフィ、その髪をノエムに整えてもらうのはどうじゃ?」
「髪? セフィの?」
「うむ! きれいな緑色じゃが、少し整えればもっと映えるはずじゃ」
案の定、セフィちゃんはぱっと目を輝かせた。
「それ、ホント!?」
「よいかの、ノエム」
「承知しました。妖精の髪は初めてですが……腕が鳴りますね」
どこからともなく手入れ道具を取り出し、ノエムさんがセフィちゃんの背後へ回る。
きめ細やかな髪を丁寧に梳かし、やがて後ろで二つのお団子にまとめあげた。
「これならいかがでしょう?」
「わあ~! すっごくいい!!」
手鏡に映る自分の姿を見て、セフィちゃんは羽を小刻みに揺らして喜びを表す。
「ふふーん、ノエムの腕はどうじゃ?」
「うん、すごかった!」
「お気に召して光栄です」
二人の笑顔に、僕は自然と頬を緩めた。




