迎えた夏と妖精さん
平原で気ままな旅をすること二ヶ月。異世界もすっかり夏を迎えたようで、日差しが肌に突き刺さるほど強くなってきた。
「いや〜、暑いな……」
大きな耳をパタパタさせ、鼻で顔を拭いながらぼやく僕。
アフリカゾウだから暑さに強いと思いきや、巨体に熱がこもって、かえって人間だった頃より暑さが堪える気がする。
こうなったら水浴びだぞう!
そう思い立って、このあたりにある水辺へと足を運ぶ。
しかし――。
「うーん、水がないな~」
辿り着いた水辺は、日照り続きのせいか干上がっていて、泥が残っているだけ。
水浴びは無理でも、泥浴びで我慢するか。
ぬかるみに足を踏み入れ、足元の泥を鼻で掬い上げて全身に塗りつけていく。
ひんやりとした泥が火照った皮膚に心地よく染み込んで、思わずうっとり。
泥をまとってひと息ついた僕は、喉を潤すため、もう少し上流にある川へと向かう。
しかし川の水量も大幅に減り、チョロチョロと頼りない流れになっていた。
「ずいぶんとしょんぼりしてるなあ……」
嘆きつつも、鼻で川の水を吸って口に運ぶ。ぬるいけど、それでも命の水はありがたい。
さて、水浴びでもしておこうかと思ったそのとき――視界の端に、流れてくる何かが映った。
よく見れば、それは手のひらサイズの小さな女の子。
顔を水に浸けながら、あっぷあっぷともがいている。
「わわっ!?」
慌てて川に足を踏み入れた僕は、鼻を伸ばしてその子をすくい上げた。
「大丈夫かい!?」
僕が声をかけると、小さな女の子は水をぶはっと吹き出し、息をゼエゼエと整える。
「ふーっ……死ぬかと思った~!」
どうやら無事だったみたいで、僕はほっと胸をなで下ろす。
よく見ると、彼女は普通の子じゃなかった。
花びらを縫い合わせたようなワンピースに、背中から生えた透明な蝶の羽。
そして、春の若葉のような柔らかな黄緑色の髪。
まさしく、絵本に出てくるような――妖精だった。
「――もしかして助けてくれたの?」
掠れた声でそう尋ねる彼女に、僕は静かにうなずく。
「うん、流されてたから」
「ふーん……って、デカッ!?」
空中に舞い上がった妖精は、僕の巨体を見て目をまん丸にした。
「あ、あなた何者!?」
「僕はタイゾウ。アフリカゾウだよ」
「アフリカゾウ……? そんな獣、初めて見た……。あ、セフィはセフィ! 助けてくれてありがとっ!」
満面の笑みを浮かべて礼を言う彼女に、僕も自然と鼻を上げた。
「どういたしまして。……でも、なんであんなところで溺れてたの?」
そう尋ねると、セフィちゃんはあっと声を上げて顔を青くした。
「そうだった! 森の小川で水浴びしてたらうっかり流されちゃって……って、ここどこ!?」
キョロキョロと辺りを見渡してはオロオロする姿は、見ていてこっちまで不安になってしまう。
「ねえセフィちゃん、ここからおうちには戻れそう?」
「うぅぅぅ……わかんないよぉ……!」
――泣いた。
目に大粒の涙を浮かべて、肩を震わせるセフィちゃん。
その姿がたまらなくいじらしくて、僕はつい鼻で頭を優しく撫でてしまった。
「それなら、僕と一緒に来ない? 独りでいるより、安心でしょ?」
「……いいの?」
潤んだ瞳で僕を見上げてくるその表情に、ズキンと胸を打たれる。
……これは守らなきゃって気持ちになるぞう。
「もちろん! 君が無事に帰れるまで、僕が絶対に守るよ」
「……ありがと、タイゾウ!」
勢いよく飛びついてきたセフィちゃんの小さな体。その胸元がふわっと当たって、なんとも言えない柔らかさを感じた。
――えっ、このサイズでも、ちゃんと胸あるんだ……。
「それじゃ、町へ行こう。ビオレっていう、馴染みの町が近いんだ」
「うんっ!」
嬉しそうにうなずくセフィちゃんを背中に乗せて、僕はまた一歩を踏み出した。
夏の空の下、小さな新しい旅が、ここから始まるのだった。




