表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/32

迎えた夏と妖精さん

 平原で気ままな旅をすること二ヶ月。異世界もすっかり夏を迎えたようで、日差しが肌に突き刺さるほど強くなってきた。


「いや〜、暑いな……」


 大きな耳をパタパタさせ、鼻で顔を拭いながらぼやく僕。


 アフリカゾウだから暑さに強いと思いきや、巨体に熱がこもって、かえって人間だった頃より暑さが堪える気がする。


 こうなったら水浴びだぞう!


 そう思い立って、このあたりにある水辺へと足を運ぶ。


 しかし――。


「うーん、水がないな~」


 辿り着いた水辺は、日照り続きのせいか干上がっていて、泥が残っているだけ。


 水浴びは無理でも、泥浴びで我慢するか。


 ぬかるみに足を踏み入れ、足元の泥を鼻で掬い上げて全身に塗りつけていく。

 ひんやりとした泥が火照った皮膚に心地よく染み込んで、思わずうっとり。


 泥をまとってひと息ついた僕は、喉を潤すため、もう少し上流にある川へと向かう。


 しかし川の水量も大幅に減り、チョロチョロと頼りない流れになっていた。


「ずいぶんとしょんぼりしてるなあ……」


 嘆きつつも、鼻で川の水を吸って口に運ぶ。ぬるいけど、それでも命の水はありがたい。


 さて、水浴びでもしておこうかと思ったそのとき――視界の端に、流れてくる何かが映った。


 よく見れば、それは手のひらサイズの小さな女の子。

 顔を水に浸けながら、あっぷあっぷともがいている。


「わわっ!?」


 慌てて川に足を踏み入れた僕は、鼻を伸ばしてその子をすくい上げた。


「大丈夫かい!?」


 僕が声をかけると、小さな女の子は水をぶはっと吹き出し、息をゼエゼエと整える。


「ふーっ……死ぬかと思った~!」


 どうやら無事だったみたいで、僕はほっと胸をなで下ろす。


 よく見ると、彼女は普通の子じゃなかった。

 花びらを縫い合わせたようなワンピースに、背中から生えた透明な蝶の羽。

 そして、春の若葉のような柔らかな黄緑色の髪。


 まさしく、絵本に出てくるような――妖精だった。


「――もしかして助けてくれたの?」


 掠れた声でそう尋ねる彼女に、僕は静かにうなずく。


「うん、流されてたから」

「ふーん……って、デカッ!?」


 空中に舞い上がった妖精は、僕の巨体を見て目をまん丸にした。


「あ、あなた何者!?」

「僕はタイゾウ。アフリカゾウだよ」

「アフリカゾウ……? そんな獣、初めて見た……。あ、セフィはセフィ! 助けてくれてありがとっ!」


 満面の笑みを浮かべて礼を言う彼女に、僕も自然と鼻を上げた。


「どういたしまして。……でも、なんであんなところで溺れてたの?」


 そう尋ねると、セフィちゃんはあっと声を上げて顔を青くした。


「そうだった! 森の小川で水浴びしてたらうっかり流されちゃって……って、ここどこ!?」


 キョロキョロと辺りを見渡してはオロオロする姿は、見ていてこっちまで不安になってしまう。


「ねえセフィちゃん、ここからおうちには戻れそう?」

「うぅぅぅ……わかんないよぉ……!」


 ――泣いた。


 目に大粒の涙を浮かべて、肩を震わせるセフィちゃん。

 その姿がたまらなくいじらしくて、僕はつい鼻で頭を優しく撫でてしまった。


「それなら、僕と一緒に来ない? 独りでいるより、安心でしょ?」

「……いいの?」


 潤んだ瞳で僕を見上げてくるその表情に、ズキンと胸を打たれる。


 ……これは守らなきゃって気持ちになるぞう。


「もちろん! 君が無事に帰れるまで、僕が絶対に守るよ」

「……ありがと、タイゾウ!」


 勢いよく飛びついてきたセフィちゃんの小さな体。その胸元がふわっと当たって、なんとも言えない柔らかさを感じた。


 ――えっ、このサイズでも、ちゃんと胸あるんだ……。


「それじゃ、町へ行こう。ビオレっていう、馴染みの町が近いんだ」

「うんっ!」


 嬉しそうにうなずくセフィちゃんを背中に乗せて、僕はまた一歩を踏み出した。


 夏の空の下、小さな新しい旅が、ここから始まるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ