蠱毒の森の主
騎士団たちの馬車と並列して歩くことしばらく、僕たちはようやく蠱毒の森に到着した。
毒々しい色彩の木の葉を繁らせるこの森は、何度来ても目に悪そうで、気分まで悪くなりそうだ。
「うう~っ、いつ来ても気味の悪い森だわ……!」
瘴気に満ちた空気を前にして、リリアが露骨に顔をしかめる。その肩を、アンリが優しく抱いた。
「大丈夫か、リリア。辛いようなら今回は留守番でも――」
「いいえっ! あたしだってちゃんと仕事しに来たんだから、このくらいで引き下がったりしないわ!」
「ふっ、それでこそ俺の妹だ」
そんなやり取りに一安心しつつ、僕たちは隊を整えて森の中へ踏み出していった。
「全員、警戒を怠るな! 行くぞ!」
「おーっ!」
レオンさんの号令のもと、一行は再び蠱毒の森へと足を踏み入れる。
――入ってすぐ、異様な気配と鼻をつく腐臭が僕を襲った。
「みんな、気をつけて! 何かいます!」
僕が長い鼻を上げて注意喚起した瞬間、茂みから無数のヌメヌメした化け物が這い出てきた。
「ベノムスラッグだ!」
「粘液に猛毒が含まれてる、絶対に接触しないで!」
アイクさんとシェリーさんの警告が飛ぶ。
ズルズルと這い寄るベノムスラッグたちは、その姿だけでも吐き気を催す不快さだ。
しかも毒持ちとは――最悪だぞう。
「弓兵隊、構え!」
レオンさんの一声で騎士たちが矢をつがえ、雨のような一斉射撃をお見舞いする。
ベノムスラッグたちは毒液を飛ばす間もなく、次々と矢に貫かれ、その場に倒れ伏した。
十、二十……いや、三十以上いたかもしれないスラッグたちが、あっという間に殲滅される。
「すごい……!」
「弓兵も飾りじゃないってことだ!」
誇らしげに胸を張る騎士に、みんなから拍手が巻き起こった。
その後も僕たちはシェリーさんの浄化魔法に守られながら、蠱毒の森を奥へと進んでいった。
「本当に頼りになりますよ、シェリーさん」
「わたしなんてまだ見習いなのに……でも、ありがとう」
照れながらも笑みを浮かべるシェリーさんに、アイクさんが重々しく告げる。
「いえ、君の力なくしては、この森に足を踏み入れることすら不可能でした。我々の誇りです、聖女殿」
「ふふ、そんな風に言ってもらえると頑張っちゃうな」
「もっと自信を持ってください。あなたはみんなの希望ですよ」
「うん、ありがとうタイゾウさん!」
そう言って拳を胸に当て、やる気を見せるシェリーさん。
そんな彼女の隣で、僕は鼻をくるりと巻いて応援のジェスチャーを返した。
――そして、ついに僕たちは森の奥で異様な気配の源に辿り着く。
「これは……なんという禍々しさだ……」
眼前にそびえるのは、他の木とは明らかに異なる、禍々しい光を放つ巨木だった。
どす黒い紫の葉、蛍光グリーンに光る樹皮。
その存在感は、ただそこにあるだけで全身に戦慄を走らせる。
「この木が……蠱毒の森の暴走の元凶だね」
シェリーさんが眉をひそめて呟く。
「魔力を集めすぎて、自壊しかけてるのね。負の魔力が垂れ流されてる……」
「なるほど、それならこの木を切り倒せばいいのだな!」
レオンさんが剣を抜き、巨木に向かって一歩踏み出す――その瞬間だった。
「レオン、下がってください!」
アイクさんが咄嗟に剣を振り抜くと、空間を裂くように飛び出した巨大な影がはじき飛ばされた。
「な、なんだ今のは!?」
「グジャラララ……!」
次の瞬間、姿を現したのは、蠱毒の森を象徴するかのような異形の存在――
全長十五メートルを優に超える巨大ムカデ、ポイズンジャイアントセンチピードだった。
その無数の脚をギチギチと鳴らしながら、毒液をしたたらせてこちらに迫ってくる。
「う、うわああああああ!!」
「なによこれ、無理無理無理ぃぃぃ!!」
悲鳴を上げるリリアに、アンリがすぐさま前に出てかばう。
「来るぞ……!」
そしてムカデの顎が開かれ、口から大量の毒液が吐き出された――!
「ホーリーイージス!!」
咄嗟にシェリーさんが聖なる盾を展開。前方に広がった光の壁が、毒液を受けて音を立てて軋む。
ギリギリの攻防。だがこのままでは埒が明かない――!
「正面は無理でも、側面からなら……!」
僕は機を見て、森の木立を回り込むようにして、ムカデの脇腹に突進した。
「ぱおおおおんッ!!」
鼻を巻きつけてその身体を引きずり落とし、巨体をぐらつかせる!
「グジャララ!?」
隙が生まれたその瞬間、全員が一斉に飛び込んだ!
「タイゾーさんをよくも……っ! ブーストパンチ!!」
「俺も行くぞ、喰らえぇぇっ!!」
リリアの強化拳と、アンリの剣閃が巨大ムカデの胴体に炸裂する!
レオン、アイクも加わり、集中攻撃を浴びせる!
「グジャ、ラララ……ッ!!」
うねりながらも、ついに巨体を地に伏せ、巨大ムカデは息絶えた。
「……討ち取ったり!!」
レオンさんの号令が響くと同時に、騎士団の歓声が爆発した。
長く、苦しい戦いだったが、僕たちは勝利をもぎ取ったのだった――!




