遠征再び
それから数日、僕はビオレ近郊の草原で草を食みながら過ごしていた。
もちろん、のんびりしていただけじゃない。
次なる「蠱毒の森」遠征に備えて、体力をしっかり蓄えていたのだ。
それにしても……ここの草は本当に美味しい。
さっぱりしてて、いくら食べても飽きないぞう。
鼻を自在に動かして草をむしり取り、むしゃむしゃと味わっていたそのとき。
町の方角から鳩のような鳥が一羽、まっすぐこちらへ飛んできた。
「……ん?」
その鳥は僕の頭に着地すると、何かをヒラリと落としていった。
僕は鼻で拾い、広げてみる。
それは騎士団からの手紙だった。
『明日、蠱毒の森へ再び遠征に行く。タイゾウ殿も同行を願いたい。――騎士レオン』
「……ついに来たか」
そう呟いて、僕は町へと歩き出した。
ビオレの町に着くと、門の先で騎士団の皆さん、アンリ&リリアの兄妹、そして見習い聖女のシェリーさんが出迎えてくれた。
「よく来てくれた。協力、感謝するぞタイゾウ殿」
「僕の力でよければ、喜んでお貸ししますよ」
レオンさんに応えながら、僕は鼻でくるりと力こぶを作ってみせると、アイクさんがにっこり笑った。
「頼りにしてますよ、タイゾウ殿」
鼻が高くなるような言葉をかけてもらって、僕も嬉しくなる。
「待ってたわ、タイゾーさん!」
「タイゾーさんがいれば百人力だ」
駆け寄ってくるリリアとアンリに、僕は長い鼻でくるりと巻きつけて挨拶を返した。
そんなとき、リリアが振り返ってシェリーさんに声をかける。
「ほらほら、シェリーさんも早く!」
「は、はいっ!」
ちょっと慌てた様子で近づいてきたシェリーさんは、頬をほんのり染めて僕に挨拶してくれた。
「あの……お久しぶりだね、タイゾウさん」 「ええ、そうですね」
……ん? どこか、様子が変だぞう?
「シェリーさん?」
「ひゃいっ!?」
声が裏返った。
「……大丈夫ですか? 具合が悪いわけじゃないですよね?」
「あ、ううん! 大丈夫。……ただ、タイゾウさんにまた会えてすごく嬉しいんだけど、なぜか緊張しちゃって……」
そう言いながら、胸元でぎゅっと手を握るシェリーさん。
真っ赤になって俯く彼女の様子に、何か特別な想いがありそうな気もするけど……。
隣ではリリアがニヤニヤ笑っていた。
やっぱり何か察してる?
その空気を断ち切るように、レオンさんが一声上げる。
「では、これより“蠱毒の森”へ再遠征する! 今回はより奥地へ踏み込むため、危険も増すが――それでも行けるか!?」
『おーっ!!』
皆が拳を突き上げ、士気は十分。
「出発だ!」
こうして僕たちは再び、蠱毒の森を目指すことになった。
草原を進む道中、一行は馬車で進み、僕はその横を歩いていた。
「タイゾウさん、本当に大丈夫なの?」
「平気ですよ、シェリーさん。ご心配ありがとうございます」
歩調を合わせてくれる馬車のおかげで、無理なく進める。
ふと、空を見上げた僕はある異変に気づいた。
「あんなにたくさんの鳥……どこから来たんだろう?」
空を旋回する鳥の群れがどんどん集まり、今や百羽、二百羽といった数に。
「なんか……不気味な数よね」
「まるで、空が覆われたみたい……」
リリアの言葉のとおり、鳥たちが太陽を覆い、辺りが急速に薄暗くなっていった。
そして次の瞬間――地面が、動いた。
「みんな、下がって!」
僕が馬車の前へと出たその瞬間。
地面から突き出た何かが僕の脇腹に突き刺さる。
「うぐっ……!?」
「タイゾーさーーん!!」
リリアの叫び声が遠ざかり、視界がぼやけていく。
「――《シャインブライト!!》」
シェリーさんの魔法が光を放ち、辺りを明るく照らし出した。
その光の中に現れたのは――巨大な骨の竜。
「これは……!?」
シェリーさんが駆け寄り、僕の傷口に手をかざす。
「今、治すから……! ――《ヒール》!」
優しい光が僕を包み、傷の痛みがすっと消えていく。
「ありがとうございます、シェリーさん」 「これが……聖女の務めだもの……! でも……まさか“スカルドレイク”だなんて……最悪だよ……!」
スカルドレイク――シェリーさんがそう呼んだそれは、十メートルを超える巨大な骨の竜。
尻尾の先には返り血がついていた。
どうやら、さっきの一撃はあれだったらしい。
「フルルルルル……」
不気味な音を喉から鳴らしながら、スカルドレイクがこちらをにらみつける。
「まさか、こんな場所でこれほどの怪物に出くわすとは……!」
「だけど……燃えますね、レオン!」
「ああ、同感だよ!」
レオンさんとアイクさんが笑みを交わし、指揮を取る。
「弓兵、構えっ!」
アイクさんの号令で、騎士たちが一斉に矢を放つ。けれど――
「効いてない!?」
矢は骨の表面に弾かれ、スカルドレイクは微動だにしない。
「俺たちが行くしかないな! リリア!」 「うんっ、行こうお兄ちゃん!」
アンリとリリアが武器を構えて駆け出す。
「シェリーさん、ありがとうございました。僕も行ってきます!」
「うん……気をつけてね、タイゾウさん!」
僕も、立ち上がる。そしてスカルドレイクに向かって突進した。
――みんなで、必ずやっつけてみせるんだ!




