蠱毒の森
蠱毒の森を目指して、一行は馬車で平原を進む。
僕は、そのすぐ脇を徒歩でついていく。
「タイゾウさん、本当に歩きで大丈夫なの~?」
「大丈夫ですよ、シェリーさん。ご心配ありがとうございます」
シェリーさんの優しさに、僕はにっこり笑って鼻を高く上げて応える。
馬車が少し速度を落としてくれているおかげで、僕の足でも難なくついていけるのだ。
と、そんな中でリリアがぽつりとこぼす。
「それにしても……タイゾーさんって、シェリーさんと仲いいのね」
「そ、そうかな?」
「そうよ! 聖女様とあんなに気軽に話せるなんて、普通は恐れ多くてできないわよ!?」
「えぇ~……私、そんなに畏れられてたの……?」
リリアの素直な言葉に、シェリーさんがちょっとショックを受けてしょんぼり。
それを見たリリアが、慌てて手をぶんぶん振る。
「あ、いえっ! シェリーさんは何も悪くないですから!? むしろ、私も仲良くなりたいって思ってて……」
「それなら、今から仲良くしよ? 私も聖女っていう前に、ただの女の子だもん」
「シェリーさん……!」
お互い手を取り合って、ほのぼのと友情を育む二人。
いい感じだぞう。仲間同士が打ち解けていくのは嬉しいものだ。
と、そんな和やかな空気を引き裂くように、僕の鼻が異変を捉えた。
「……皆さん、気をつけてください。何か来ます」
僕の注意喚起に合わせて、皆が馬車から降りる。
そして――
「来たわね!」
草影から飛び出してきたのは、鋭い牙を剥いた狼たち。
濃い緑の体毛を持つ、グラスウルフの群れだ。
「グラスウルフか……!」
「だけど、様子が妙だぞ。レオン!」
アイクさんが指摘する通り、グラスウルフたちは口元に泡を吹き、目がぎらついていた。
「腐った肉を食べて、狂化してるんだ」
「なるほど、シェリーさん……この前の死骸を食べてああなったのか」
「とにかく、迎撃するぞ!」
レオンさんの号令で、騎士団の弓兵たちが一斉に矢を放つ。
数体のグラスウルフが地に倒れるも、何頭かがすり抜けて迫ってくる。
「ここは俺たちに任せてくれ! 行くぞ、リリア!」
「ええっ、お兄ちゃん!」
アンリが剣を抜き、リリアが拳を構えて突撃。
兄妹の連携で、迫る狼たちを次々と撃破していく。
「せやっ!」
「はああっ!」
アンリの鋭い剣筋が一閃し、リリアの拳が骨の軋む音を響かせる。
僕も負けていられないぞう!
「ぱおおおおおんっ!!」
雄叫びと共に突進し、何頭ものグラスウルフを蹴散らす。
「さすがだな、タイゾーさん!」
「アンリこそ、冴えてるぞう!」
互いに声をかけあいながら、連携して敵を追い払っていく。
僕は鼻で叩き、牙で突き、丸太のような足で踏みしめて――気づけば周囲のグラスウルフたちは全滅していた。
「……これが、アフリカゾウの力……!」
「いえいえ、このくらいならどうってことありませんよ」
唖然とした様子のレオンさんに、僕は鼻を軽く振って応じた。
その間に、アンリとリリアは倒した狼の毛皮を剥いでいた。
「何してるんです?」
「グラスウルフの毛皮は良い素材になるんだ。売れば結構な金になる」
「これぞ冒険者の基本よ。解体スキルって大事なんだから」
あどけなさの残るリリアが、手際よく皮を剥ぐ様子にはちょっと驚いた。
異世界の女の子、たくましいぞう。
解体を終えた二人に、シェリーさんが近づいて手を差し出す。
「それじゃあ、穢れを祓うね。――《クリーン・ウォッシュ》!」
優しい光がふわりと広がり、アンリとリリアの手元を清めていく。
「ありがとうございます、聖女様」
「ううん、これも私の役目だから。……はい、タイゾウさんも」
「ありがとう、シェリーさん」
僕の巨体も光に包まれ、すっきりと清められた。
そして一行は再び進路を取り、森の入り口へと辿り着く。
「――着いたぞ」
レオンさんの声に、全員が足を止めた。
目の前には、薄暗く、瘴気を孕んだような森――《蠱毒の森》。
「これが……蠱毒の森……」
「ついに来ちゃったのね……!」
「リリア、大丈夫だ。俺が守るから」
「お兄ちゃん……!」
怯える妹の肩を、アンリがしっかりと抱きしめる。
「じゃあ、みんなに清浄魔法をかけるね。――《クリーン・ゾーン》」
シェリーさんが放った光が、一行をふんわりと包み込む。
不思議と空気が澄んだ気がした。これで瘴気への対策は万全らしい。
「これで安心だよ。気をつけて行こうね」
「感謝します、聖女様」
「さあ、出発だ!」
『おーっ!』
掛け声とともに、一同は徒歩で森の中へと踏み込んでいく。
「うぅ、やっぱり気味悪いわね……」
「だね、植物の色も毒々しい……紫に赤って……毒そのものって感じだぞう……」
森の中は薄暗く、葉も枝も奇妙な色彩を放っている。
匂いを嗅ぐまでもない――本能が「これは食べるな」と告げてくる。
しばらくは、怪しげな草花を採取しながら慎重に進む。
「タイゾウさん、調査って意外と地味でしょ?」
「ちょっと驚きました。てっきりもっと命がけかと……」
アイクさんが穏やかに答える。
「こう見えても重要な任務なんですよ。毒草も、適切に調合すれば立派な薬になりますから」
「タイゾウさんたちが買っていった薬にも、ここの植物が混ざってるの」
「へえ……そうだったんですね。勉強になるぞう」
まさに“毒と薬は紙一重”ってやつだ。
そのときだった。
僕の鼻が、異様な匂いと気配を察知した。
「――来ます! 上ですっ!」
大きな耳を広げて警告を放つ。
次の瞬間、木々の隙間から現れたのは――無数の、巨大な蛾の群れだった。




