表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/32

聖女様の知らせ

 シェリーさんを背中に乗せたまま進んでいくうちに、草原と町の境にある森の中へと差しかかる。


「それにしても、ゴブリンの数が多いなぁ!」


 シェリーさんの声に僕も同意する。さっきから、あちこちからポコポコとゴブリンが現れるのだ。


 とはいえゴブリンなんて、アフリカゾウの敵ではない。僕の一撃で吹っ飛び、あるいは踏み潰されていく。


「ふぅ……」

「大丈夫~?」

「あ、はい。ちょっと疲れただけです」


 連戦に少し息が上がる僕の背中を、シェリーさんが優しく撫でてくれた。


「貴方に神の癒しを――リラクゼーション」


 ふわりと緑の光が全身を包み込む。

 すると、疲れがまるで泡のように消えていった。


「ありがとうございます。今の、魔法なんですか?」

「うん、初歩的な疲労回復の魔法だけどね」

「それでもすごく助かりました。これでビオレまでノンストップで行けそうです」

「ふふっ、なら良かった~」


 僕は再び足を進める。

 やがて木々が開け、町へと続く石畳の道路に出た。


「ここまで来ればビオレまでもうすぐです」

「本当にありがとう、タイゾウさん」

「もうひと頑張りですよっ」


 僕が気合いを入れて歩き始めると、すれ違う人たちが一様に手を合わせてお祈りを始めた。


「聖女様だ……」

「あぁ、ありがたや……」


 シェリーさんの姿に祈りを捧げる町の人々。その姿を見て、僕は納得する。


「さすがですね。やっぱり聖女様って人気なんですね」

「えへへ、見習いなんだけどな~」


 謙遜するシェリーさんだけど、崇拝の念は本物らしく、祈るだけでなく食べ物を手渡してくれる人まで現れた。


「これは……僕まで何か貰ってる気がするんですけど」

「あら、途中からタイゾウさんへの信仰になってたよ?」


 まさか自分まで崇められるとは。

 聖女様パワー、恐るべし。


 そんなこんなで、僕たちはとうとうビオレの門前へとたどり着いた。


 門番にギルド証を見せると、シェリーさんが少し驚いたように目を見開く。


「タイゾウさんって、ギルドに入ってたんだ~?」

「はい。作っておくと便利だと勧められて、旅の途中で登録したんです」


 シェリーさんも身分証を提示して、無事に入城許可をもらう。


 町の中は相変わらず賑やかで、人々の視線が僕たちに集まる。

 その様子にシェリーさんも目を丸くした。


「すごいね、タイゾウさんって町でも人気者なんだ~」

「まあ、ちょっとした出来事があって……」


 聖女を背に乗せているのも注目の理由だろうが、それにしても人の目線が温かいのは嬉しい。


 しばらく歩くと、見慣れた顔ぶれが目に入った。


「おーい、二人とも!」


 声をかけると、振り向いたのは赤い髪を横でまとめた少女・リリアだった。


「えっ!? その声は……タイゾーさん!?」

「やあ、また会えたね」

「わぁーっ、会えて嬉しい! 思ったよりずっと早かったわね!」


 駆け寄ってきて飛びつくリリア。その華奢な身体を僕はそっと長い鼻で包みこむ。


「良かったなリリア、ずっと会いたいって言ってたもんな」

「もーっ、それは言わないってば、お兄ちゃ~ん!」


 照れながらぷくっと頬を膨らませるリリア。その様子に思わずみんなで笑いあう。


「ところで、タイゾーさんの背中に乗ってるのは……」

「あ、紹介するね。こちらはシェリーさん、聖女見習いなんだ」


 僕が背中をしゃがめてシェリーさんを降ろすと、アンリとリリアは片膝をついて両手を合わせた。


「「聖女様、お会いできて光栄です」」

「ちょ、ちょっと待って~! わたしまだ“見習い”なんだってば~!」


 慌てふためくシェリーさんに、アンリが穏やかな笑みを向ける。


「俺はアンリ、こっちは妹のリリアです。……それで聖女様は、なぜビオレへ?」

「それがね――“蠱毒の森”に異変が起きてるの」


「蠱毒の森!?」


 驚きに声を上げたリリアが、僕に向き直って説明してくれる。


「蠱毒の森って、西の外れにある危険地帯よ! 毒虫とか有毒の魔物がうじゃうじゃいるの。わたし、想像するだけで背筋がゾワゾワする~!」


 ブルブルと震えるリリアに、僕もなんとなく背中がむず痒くなった。


「落ち着いて、リリア。それで……そのことを騎士団に報告するんですか?」

「うん。これは聖女一人で何とかなる話じゃないから。騎士団の駐屯所って、この町のどこにあるか分かるかな?」


「もちろん案内するけど……」


 アンリが言いかけたところで、シェリーさんが顔を覗き込むようにぐっと近づく。


「あっ……」


 照れるアンリ。

 その様子を見逃さなかったリリアが、意地悪くニヤリと笑った。


「あれれ~? お兄ちゃん、まさかシェリーさんに見惚れてた?」

「そ、そんなわけあるかっ!? リリア、そういうこと言うな!」


 赤くなったアンリに、僕も思わずくすっと笑ってしまう。


「タイゾウさんまで笑わないでください! ……と、とにかく案内します!」


 慌てて前を向いたアンリのあとを、僕たちは町の壁際にある駐屯所へと向かった。


「ここがビオレの騎士団駐屯所です。それじゃあ俺はこれで失礼しますっ」

「ちょっとお兄ちゃん、待ってよ~!」


 足早に立ち去るアンリを追って、リリアも慌てて駆けていく。


 二人を見送ったあと、僕はシェリーさんと一緒に駐屯所の重たい扉をノックした。


「どうした?」

「わたし、聖女見習いのシェリーと申します。騎士団長にご報告したいことがあるのです」

「せ、聖女様!? 少々お待ちくださいませっ!」


 バタバタと奥へ引っ込んだかと思うと、ほどなくして立派な鎧姿の青年が現れた。

 見るからに“騎士団のエリート”といった風格の持ち主だ。


「これはこれは、聖女様……そしてタイゾウ殿」

「あ、僕のこともご存知なんですね?」

「当然です。あなたの名は、この町で知らぬ者などいませんよ」


 そ、そこまで有名だったとは。

 まあ、巨大なアフリカゾウは目立つもんなあ。


「では、聖女シェリー様。どうぞこちらへ」


 シェリーさんが事務所らしき建物へ案内されていったので、僕は外でおとなしく待つことにした。


 数分後、扉が開いてシェリーさんが姿を現す。

 彼女はニコッと笑って指で丸を作った。


「報告、完了~! ここまで付き合ってくれてありがとう、タイゾウさん」

「いえ、僕はただの交通手段ですよ」

「それでも、すっごく助かったよ~。やっぱりタイゾウさんって優しいね」


 そう言って満足げに微笑むシェリーさんを、僕は教会まで送り届けることにした。


 そしてシェリーさんと一旦別れたあと、僕はふと考える。


 ……後は騎士団に任せれば大丈夫かな。


 そう思いながら、次に向かったのはバタフライ公爵の屋敷だった。


 顔パス状態で貴族区画を抜け、見慣れた立派な屋敷の門前に差しかかったそのとき――


「タイゾウ~~!!」


 ピンクのドレスの裾を軽くつまみ上げて、パピヨンお嬢様が勢いよく飛び出してきた。


 そして、迷うことなく僕に抱きついてくる。


「ただいま戻りました、お嬢様」

「思うたよりずっと早かったのう! ふふっ、さてはわらわが恋しくなったのではないか?」


 自信たっぷりに笑うお嬢様に、僕も思わず肩の力が抜けた。


「もしかしたら、そうかもしれませんね」

「ほほう、それは嬉しいのじゃ!」


 ふわふわした頬を僕の鼻にすり寄せながら、嬉しそうに微笑むパピヨンお嬢様。


 その様子を見ていたメイドのノエムさんが、少し息を切らしながら駆けつけてくる。


「お嬢様っ! 急に外出されるから驚きましたよ……って、あら、タイゾウ様」


 僕が鼻を軽く上げて挨拶すると、ノエムさんはなるほどと頷いた。


「……納得です。お嬢様が外へ飛び出された理由が」

「タイゾウは大きくて目立つからの! 町に入った時点でわらわ、すぐ気づいたのじゃ!」

「はは……それはちょっと、照れるぞう」


 パピヨンお嬢様のテンションが高いのは嬉しいけど、鼻の付け根が少しくすぐったい。


「それじゃあ、僕はそろそろ……」

「えぇ~っ、もう行ってしまうのか!? わらわはまだ遊び足りぬのじゃ~!」


 ぐいぐい鼻にしがみつこうとするお嬢様を、ノエムさんがたしなめる。


「お嬢様、あまりご無理を言っては。タイゾウ様にもご都合がありますので」

「むぅ~っ……」


 唇を尖らせて、少し寂しげに顔を背けるお嬢様。


 やっぱりこの子は素直で感情表現が豊かだなあ、と僕はほっこりした気持ちになる。


 そんなこんなでパピヨンお嬢様と短く挨拶を交わした僕は、屋敷をあとにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ