聖女様の知らせ
シェリーさんを背中に乗せたまま進んでいくうちに、草原と町の境にある森の中へと差しかかる。
「それにしても、ゴブリンの数が多いなぁ!」
シェリーさんの声に僕も同意する。さっきから、あちこちからポコポコとゴブリンが現れるのだ。
とはいえゴブリンなんて、アフリカゾウの敵ではない。僕の一撃で吹っ飛び、あるいは踏み潰されていく。
「ふぅ……」
「大丈夫~?」
「あ、はい。ちょっと疲れただけです」
連戦に少し息が上がる僕の背中を、シェリーさんが優しく撫でてくれた。
「貴方に神の癒しを――リラクゼーション」
ふわりと緑の光が全身を包み込む。
すると、疲れがまるで泡のように消えていった。
「ありがとうございます。今の、魔法なんですか?」
「うん、初歩的な疲労回復の魔法だけどね」
「それでもすごく助かりました。これでビオレまでノンストップで行けそうです」
「ふふっ、なら良かった~」
僕は再び足を進める。
やがて木々が開け、町へと続く石畳の道路に出た。
「ここまで来ればビオレまでもうすぐです」
「本当にありがとう、タイゾウさん」
「もうひと頑張りですよっ」
僕が気合いを入れて歩き始めると、すれ違う人たちが一様に手を合わせてお祈りを始めた。
「聖女様だ……」
「あぁ、ありがたや……」
シェリーさんの姿に祈りを捧げる町の人々。その姿を見て、僕は納得する。
「さすがですね。やっぱり聖女様って人気なんですね」
「えへへ、見習いなんだけどな~」
謙遜するシェリーさんだけど、崇拝の念は本物らしく、祈るだけでなく食べ物を手渡してくれる人まで現れた。
「これは……僕まで何か貰ってる気がするんですけど」
「あら、途中からタイゾウさんへの信仰になってたよ?」
まさか自分まで崇められるとは。
聖女様パワー、恐るべし。
そんなこんなで、僕たちはとうとうビオレの門前へとたどり着いた。
門番にギルド証を見せると、シェリーさんが少し驚いたように目を見開く。
「タイゾウさんって、ギルドに入ってたんだ~?」
「はい。作っておくと便利だと勧められて、旅の途中で登録したんです」
シェリーさんも身分証を提示して、無事に入城許可をもらう。
町の中は相変わらず賑やかで、人々の視線が僕たちに集まる。
その様子にシェリーさんも目を丸くした。
「すごいね、タイゾウさんって町でも人気者なんだ~」
「まあ、ちょっとした出来事があって……」
聖女を背に乗せているのも注目の理由だろうが、それにしても人の目線が温かいのは嬉しい。
しばらく歩くと、見慣れた顔ぶれが目に入った。
「おーい、二人とも!」
声をかけると、振り向いたのは赤い髪を横でまとめた少女・リリアだった。
「えっ!? その声は……タイゾーさん!?」
「やあ、また会えたね」
「わぁーっ、会えて嬉しい! 思ったよりずっと早かったわね!」
駆け寄ってきて飛びつくリリア。その華奢な身体を僕はそっと長い鼻で包みこむ。
「良かったなリリア、ずっと会いたいって言ってたもんな」
「もーっ、それは言わないってば、お兄ちゃ~ん!」
照れながらぷくっと頬を膨らませるリリア。その様子に思わずみんなで笑いあう。
「ところで、タイゾーさんの背中に乗ってるのは……」
「あ、紹介するね。こちらはシェリーさん、聖女見習いなんだ」
僕が背中をしゃがめてシェリーさんを降ろすと、アンリとリリアは片膝をついて両手を合わせた。
「「聖女様、お会いできて光栄です」」
「ちょ、ちょっと待って~! わたしまだ“見習い”なんだってば~!」
慌てふためくシェリーさんに、アンリが穏やかな笑みを向ける。
「俺はアンリ、こっちは妹のリリアです。……それで聖女様は、なぜビオレへ?」
「それがね――“蠱毒の森”に異変が起きてるの」
「蠱毒の森!?」
驚きに声を上げたリリアが、僕に向き直って説明してくれる。
「蠱毒の森って、西の外れにある危険地帯よ! 毒虫とか有毒の魔物がうじゃうじゃいるの。わたし、想像するだけで背筋がゾワゾワする~!」
ブルブルと震えるリリアに、僕もなんとなく背中がむず痒くなった。
「落ち着いて、リリア。それで……そのことを騎士団に報告するんですか?」
「うん。これは聖女一人で何とかなる話じゃないから。騎士団の駐屯所って、この町のどこにあるか分かるかな?」
「もちろん案内するけど……」
アンリが言いかけたところで、シェリーさんが顔を覗き込むようにぐっと近づく。
「あっ……」
照れるアンリ。
その様子を見逃さなかったリリアが、意地悪くニヤリと笑った。
「あれれ~? お兄ちゃん、まさかシェリーさんに見惚れてた?」
「そ、そんなわけあるかっ!? リリア、そういうこと言うな!」
赤くなったアンリに、僕も思わずくすっと笑ってしまう。
「タイゾウさんまで笑わないでください! ……と、とにかく案内します!」
慌てて前を向いたアンリのあとを、僕たちは町の壁際にある駐屯所へと向かった。
「ここがビオレの騎士団駐屯所です。それじゃあ俺はこれで失礼しますっ」
「ちょっとお兄ちゃん、待ってよ~!」
足早に立ち去るアンリを追って、リリアも慌てて駆けていく。
二人を見送ったあと、僕はシェリーさんと一緒に駐屯所の重たい扉をノックした。
「どうした?」
「わたし、聖女見習いのシェリーと申します。騎士団長にご報告したいことがあるのです」
「せ、聖女様!? 少々お待ちくださいませっ!」
バタバタと奥へ引っ込んだかと思うと、ほどなくして立派な鎧姿の青年が現れた。
見るからに“騎士団のエリート”といった風格の持ち主だ。
「これはこれは、聖女様……そしてタイゾウ殿」
「あ、僕のこともご存知なんですね?」
「当然です。あなたの名は、この町で知らぬ者などいませんよ」
そ、そこまで有名だったとは。
まあ、巨大なアフリカゾウは目立つもんなあ。
「では、聖女シェリー様。どうぞこちらへ」
シェリーさんが事務所らしき建物へ案内されていったので、僕は外でおとなしく待つことにした。
数分後、扉が開いてシェリーさんが姿を現す。
彼女はニコッと笑って指で丸を作った。
「報告、完了~! ここまで付き合ってくれてありがとう、タイゾウさん」
「いえ、僕はただの交通手段ですよ」
「それでも、すっごく助かったよ~。やっぱりタイゾウさんって優しいね」
そう言って満足げに微笑むシェリーさんを、僕は教会まで送り届けることにした。
そしてシェリーさんと一旦別れたあと、僕はふと考える。
……後は騎士団に任せれば大丈夫かな。
そう思いながら、次に向かったのはバタフライ公爵の屋敷だった。
顔パス状態で貴族区画を抜け、見慣れた立派な屋敷の門前に差しかかったそのとき――
「タイゾウ~~!!」
ピンクのドレスの裾を軽くつまみ上げて、パピヨンお嬢様が勢いよく飛び出してきた。
そして、迷うことなく僕に抱きついてくる。
「ただいま戻りました、お嬢様」
「思うたよりずっと早かったのう! ふふっ、さてはわらわが恋しくなったのではないか?」
自信たっぷりに笑うお嬢様に、僕も思わず肩の力が抜けた。
「もしかしたら、そうかもしれませんね」
「ほほう、それは嬉しいのじゃ!」
ふわふわした頬を僕の鼻にすり寄せながら、嬉しそうに微笑むパピヨンお嬢様。
その様子を見ていたメイドのノエムさんが、少し息を切らしながら駆けつけてくる。
「お嬢様っ! 急に外出されるから驚きましたよ……って、あら、タイゾウ様」
僕が鼻を軽く上げて挨拶すると、ノエムさんはなるほどと頷いた。
「……納得です。お嬢様が外へ飛び出された理由が」
「タイゾウは大きくて目立つからの! 町に入った時点でわらわ、すぐ気づいたのじゃ!」
「はは……それはちょっと、照れるぞう」
パピヨンお嬢様のテンションが高いのは嬉しいけど、鼻の付け根が少しくすぐったい。
「それじゃあ、僕はそろそろ……」
「えぇ~っ、もう行ってしまうのか!? わらわはまだ遊び足りぬのじゃ~!」
ぐいぐい鼻にしがみつこうとするお嬢様を、ノエムさんがたしなめる。
「お嬢様、あまりご無理を言っては。タイゾウ様にもご都合がありますので」
「むぅ~っ……」
唇を尖らせて、少し寂しげに顔を背けるお嬢様。
やっぱりこの子は素直で感情表現が豊かだなあ、と僕はほっこりした気持ちになる。
そんなこんなでパピヨンお嬢様と短く挨拶を交わした僕は、屋敷をあとにした。




