王女との手合わせ
準備はすぐに整い、訓練所で僕とウィンミル王女様が向かい合う形となった。
「おいおい、何だあのデカブツは?」
「ウィンミル王女殿下が手合わせを申し込んだって話だが……」
ざわめく兵士たちをよそに、ウィンミル王女様が僕の前まで歩み寄り、丁寧に頭を下げる。
「私からの申し出を受けてくれて感謝する」
「いえいえ、とても断れるような立場じゃありませんので」
そう答えると、少し離れた場所からパピヨンお嬢様とノエムさんが声援を送ってくれた。
「頑張るのじゃタイゾウ~!」
「お怪我のないようにお願いいたします!」
その様子を目にしたウィンミル王女様は、ふっと微笑んで言った。
「タイゾウ殿は本当に慕われているのだな」
「まあ、そうかもしれませんね」
僕が軽く応じると、王女様は静かに構えについた。そして、審判役の兵士が声を上げる。
「それでは、ウィンミル王女殿下と巨獣タイゾウ殿の手合わせ、始めっ!」
その合図とともに、ウィンミル王女様が木刀を抜いて駆け出した。
「はあっ!」
鋭い踏み込みとともに振り下ろされる一撃を、僕は長い鼻で受け止める。
分厚い皮膚越しに衝撃が走り、僕は思わず目を丸くした。
木刀とは思えない破壊力……さすがだぞう!
だが、周囲の反応は僕以上だった。
「ウィンミル王女の一撃が効いてないだと!?」 「オーガすら昏倒させる打撃なのに……!」
そんなに強かったの!?
僕の驚きも束の間、王女様は冷静に状況を分析する。
「なるほど……皮膚がまるで岩のようだな。これではダメージにならんか」
いや、ちゃんと痛いですけど!?
黙ってツッコミを入れていたら、王女様が木刀を連続で振るいはじめた。
「ならば、手数で押すまで!」
次々と繰り出される打撃の嵐に、僕は鼻を動かして何とか受け流す。
「さすがウィンミル王女殿下、一撃一撃が重いですね」
「タイゾウは負けてしまうのかや……?」
「それは、まだ分かりません」
ノエムさんとお嬢様の声援を背に、僕は気を引き締め直す。
僕はアフリカゾウ! 地上最強の哺乳類なんだぞう!
「ぱおおおおおん!!」
気合の咆哮を上げ、鼻を一閃。王女様の木刀を弾き飛ばす!
「なっ……!」
「失礼します、王女様!」
僕はひと声かけてから、鼻で王女様を軽く突く。
「うぐっ!?」
吹き飛ばされて大きく体勢を崩す王女様。僕がトドメのように足を振り上げた瞬間――
「そこまでっ!」
審判役の声が飛び、僕はすぐに足を下ろす。そして倒れている王女様に鼻を差し出した。
「大丈夫ですか、王女様?」
「ああ……この程度、なんともない。それよりも、お前は強いな。完敗だ」
「いえいえ、王女様の一撃も十分に響きましたよ」
そう言いながら鼻で握手を交わすと、パピヨンお嬢様が勢いよく飛びついてくる。
「タイゾウ~! さすがであったのじゃ!」
「お嬢様の期待に応えられて光栄です」
嬉しそうに鼻にすり寄るお嬢様の頭を、僕はそっと撫でた。
それを見ていたウィンミル王女様も、優しく微笑む。
「……パピヨンにそこまで慕われているとは、羨ましいな」
「もちろんミル姉も大好きなのじゃ!」
「ふふっ、それは光栄だ」
やっぱりこの二人、ほんとに仲良しだなあ。
そして手合わせを終えた僕たちは、王女様に庭園へと案内された。
「すごい……」
広がる庭園には色とりどりの花が咲き誇り、蝶が舞う。整えられた芝と美しい並木道――まるで絵本の中の世界だ。
「気に入ってもらえて何よりだ。この庭は我が家のメイドたちが手入れしていてな。私にもこんな才能があればよかったのだが、剣を振るうことしか……」
肩を落とす王女様。だが、そこへすぐさまパピヨンお嬢様が声を上げた。
「そんなことないのじゃミル姉! ミル姉は凛々しくて素敵な女性じゃ。わらわが保証するぞ!」
「はは……お前にそう言われたら、元気が出るな」
「えへへ~」
王女様に頭を撫でられ、とろけたような顔になるお嬢様。
そして庭園ではお茶をご馳走になり、色んな話に花を咲かせてから、僕たちはホテルへと戻ることにした。
「ウィンミル王女様、本当に素敵な方ですね」 「じゃろ? わらわの自慢の従姉じゃ!」
そう言って胸を張るパピヨンお嬢様。その小さな胸元に、僕は思わずクスリと笑ってしまう。
「……何じゃ、今のは?」
「いえ、お嬢様が王女様を本当に大切に思ってるのが伝わって、素敵だなと思いまして」
「ふふん、当然じゃ! 無論、タイゾウも大好きじゃぞ!」
「それは……どうもありがとうございます」
僕の鼻に抱きついてくるお嬢様。その温かさが、胸にじんと染みた。
そうだ、僕には今、こんなにも温かい仲間がいるんだ――
そんな思いを胸に、僕はホテルへと戻った。
そんなことを話しているうちに、僕たちは宿泊している高級ホテルに到着し、パピヨンお嬢様とノエムさんと別れて、僕は高級馬小屋で一息つくことにした。
干し草が山のように盛られている。せっかくだし、少し食べてみようか。
芳ばしい干し草を鼻で巻き取って口に運ぶと、想像以上に甘みがあって、しっかりとした味わいが広がる。
干し草って、こんなに美味しかったんだ……。牧場の牛が夢中になるのも納得だぞう。
ただ、乾燥しているぶん喉が渇く。
そばにあった水桶を一気に飲み干すと、通りかかった世話係に水のおかわりを頼んだ。
象はとにかく水をたくさん飲まないと生きていけない生き物なのだ。
……もしもパピヨンお嬢様がここにいてくれたら、きっともっと楽しい時間になるのに。
そんなことを思いながら星空を眺めていると、いつの間にか空は漆黒に染まり、無数の星が瞬いていた。
前世の都会ではほとんど星なんて見えなかった。ここは、まるで宝石をちりばめたみたいだ。
鼻先で星の数をなぞるように数えていた、その時だった。
「タイゾウっ!」
「パピヨンお嬢様!?」
なんと、ピンクの寝巻き姿のパピヨンお嬢様が馬小屋にやってきたのだ。
「お嬢様、こんな時間に!? 夜も遅いですよ!?」
「ふふふ、それはじゃの……」
そう言いながら、パピヨンお嬢様は柵をくぐって僕のそばまでやってきて、にこっと笑って告げた。
「わらわもタイゾウと一緒に星を見たくなったのじゃ!」
「そ、そうですか~……」
あまりにも可愛らしくて素直な理由に、僕の胸はじんわり温かくなった。
「それにのっ、タイゾウも一人じゃ寂しかろうと思うてな。今宵はわらわが付き合ってやるのじゃ!」
「お心遣い、ありがとうございます」
こういう思いやりのあるところが、パピヨンお嬢様の素敵な一面だ。
「でも……こんなところにいたら、お嬢様に動物の臭いが移ってしまいませんか? 馬や僕の匂いがついたら、パーティーとかで困るかも……」
ここは馬小屋。当然、動物特有の臭いもあるし、僕自身も排泄量が多い。
しかしパピヨンお嬢様はまったく気にする様子もなく、笑って言った。
「気にせんでよい。タイゾウと一緒にいられるなら、そんな臭いなどどうでもよいのじゃ。それに戻ればノエムに身体をきれいにしてもらえば済むことじゃ!」
「なるほど、それなら安心です」
僕がそう言うと、パピヨンお嬢様は持参した毛布を体にかけて、そっと僕の懐に身を寄せてきた。
「やはりタイゾウは大きいのう。こうしておると安心するのじゃ……」
「そう言っていただけて光栄です」
小柄なパピヨンお嬢様が、僕の巨体にもたれる姿はとても愛らしくて、思わず動かないように神経を使ってしまう。
そうして僕は、愛しいお嬢様と一緒に満天の星を見上げながら――
心の底からあたたかな夜を過ごしたのだった。




