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甘美な果実と剣の王女

 飲食スペースの席に腰を下ろすなり、パピヨンお嬢様がモモリンゴを差し出してきた。


「これ、タイゾウになのじゃ!」

「えっ、僕に? 本当にいいんですか?」

「気にするでない! わらわはお主も食べられるようにと思って選んだのじゃ!」


 八重歯をのぞかせて笑うパピヨンお嬢様のささやかな気遣いに、僕の胸がジーンとあたたかくなる。


 なんて良い子なんだろう、パピヨンお嬢様って。


「それじゃあ、いただきます」


 僕は長い鼻でモモリンゴを器用につかみ、口へと運ぶ。ふわりと広がるのは、リンゴのように爽やかで甘い香り。


 ひとくち食べれば、桃のように瑞々しい果汁がじゅわっと広がって、爽やかな甘みが口いっぱいに押し寄せる。


「んんっ、これ……すごく美味しいです!」

「ほれ見よ! ノエム、わらわのも剥いてたもう!」

「かしこまりました、お嬢様」


 ノエムさんが手早くナイフで皮を剥き、一口サイズに切ったモモリンゴをお嬢様の口元へ。


「んむっ!?」


 途端に、パピヨンお嬢様の瞳が星空のようにきらめいた。


「な、なんじゃこれは!? こんな美味な果物、初めてなのじゃ! ノエム、もっとくれたもう!」

「はい、ただいま」


 はしゃぐお嬢様の姿に、ノエムさんもにっこりと微笑んでモモリンゴを差し出していく。


 もちろん、僕もおかわりをいくつかもらえた。うん、幸せだぞう。


 次に取り出されたのは、緑色の果実が房なりになったマスカットのような果物。


「これはグリーングレープじゃな! わらわの大好物なのじゃ!」

「……お嬢様、よだれが出ております」

「おっと、つい……失礼したのじゃ」


 八重歯の見える口元を、ノエムさんがハンカチでそっと拭ってあげる。


「このグリーングレープもタイゾウに食わせてやろうかの!」


 お嬢様が差し出した一粒を鼻でつまみ、口に放り込む。甘酸っぱくて、さっぱりしてて……これまた美味しい。


「やっぱりグリーングレープは美味いのう!」


 一粒を丸ごと口に入れたお嬢様は、ほっぺたを落としそうな表情でうっとりしていた。僕とノエムさんは、そんな彼女を微笑ましく見つめる。


「ノエムさん、やっぱりお嬢様って可愛いですね」

「ふふ、やはりタイゾウ様もそう思われますか。あのお姿こそ、メイド冥利に尽きます」


 お嬢様思いのノエムさん。その言葉に、僕も心がじんわりと温かくなる。


 そして、買った果物は思いのほかあっという間になくなってしまった。


「おや、もう食べ尽くしてしまったのう」

「……八割方、タイゾウ様の胃袋に消えましたからね」

「す、すみません……」

「気にせんでよい! わらわはお主が美味そうに食う姿で元気をもらったのじゃ!」

「それなら光栄です」


 お嬢様のポジティブな言葉に、僕はまた一つ幸福を味わった。


 その後、僕はパピヨンお嬢様を背に乗せ、巨大な市場を巡りながら次の目的地へと向かう。


 そしてお嬢様が導いた先――そこは、王都の中心にそびえる王宮だった。


「ここが……王宮……!」


 白亜の大理石で築かれた壮麗な建築、屋根にはいくつもの蝶の紋章をあしらった旗がはためいている。


 異世界の王宮も、やっぱりすごいや。


「ところでお嬢様、なぜ僕をここへ?」

「ふふーん、お主に会わせたい者がいるのじゃ!」


 パピヨンお嬢様が門番に身分証を見せ、僕もバッジを提示して中へと通される。


 たどり着いたのは、剣を振るう兵士たちの気迫がみなぎる開けた訓練場だった。


「ここって、訓練所……?」

「おお、タイゾウ、察しがよいのう!」


 なるほど、ということは――


「少し降ろしてたもう」

「はい、どうぞ」


 僕がしゃがんで背中を下げると、パピヨンお嬢様はすぐに降りて兵士たちの中をすたすたと進んでいく。


 その後ろ姿を追いかけていくと、訓練場の中心で剣を振るう一人の少女の姿が目に入った。


「ミル姉~!」


 パピヨンお嬢様が手を振って駆け寄ると、その少女――黒髪の凛とした女性が剣を止め、振り返る。


「おお、パピヨンか! よく来たな」

「ミル姉! 久しぶりなのじゃ!!」


 駆け寄って抱きつくパピヨンお嬢様に、少女は優しく手を添えた。


「……汗臭くないといいのだが」

「ミル姉が臭いなどありえんのじゃ!」


 どうやらこのお嬢様、彼女のことをとても慕っているらしい。


 背の高い、引き締まった体躯。

 艶やかな黒髪に白いカチューシャ、そして赤い動きやすそうな服装が実に凛々しい。


 ノエムさんも一礼して彼女に声をかけた。


「ご無沙汰しております、ウィンミル王女殿下」


「お、おうじょさま……!?」


 驚いて鼻で汗を拭く素振りをした僕に、彼女――ウィンミル王女は堂々と名乗る。


「私はウィンミル・カルネ・パピリオン。パピリオン王国の第四王女だ」


「ええと……お嬢様とはどういったご関係で?」

「パピヨンお嬢様とウィンミル王女殿下は、従姉妹のご関係にございます」


 ノエムさんの説明に納得していたら、お嬢様が誇らしげに僕の隣に立つ。


「タイゾウは強くて賢いのじゃ! この前も山賊を倒してわらわを助けてくれたのじゃ!」


「あのー、お嬢様。それはちょっと盛りすぎです……」


「いえ、本当にタイゾウ様の活躍は見事でした」


 ノエムさんまで乗っかってくるので、僕はもういたたまれない。


 そんな中、ウィンミル王女がキラリと目を光らせる。


「ほう……強いのか。それなら一つ、私と手合わせしてもらえないか?」

「……へ?」


 僕はとんでもなく間抜けな声を出してしまった。


「……つまり、戦うってことですか?」

「そうだ。タイゾウ殿。お前の力を、この目で見せてくれ」


 やっぱり、そういう流れですよね~!?

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