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アゲハ村でのおもてなし

 アフリカゾウの僕が馬の代わりに荷車を牽いて進むことしばらく、僕たちは山麓にあるアゲハ村へ立ち寄ることにした。


 村といっても規模はそこそこ大きく、ギルドの建物や宿屋など一通りの施設は整っているようだった。


 ギルド証を提示して入場し、まずは拘束して連れてきた山賊たちをアゲハ村のギルドへ引き渡すことに。


 話によると、今回の山賊たちはアゲハ村でもかなりの悪名を馳せていたようで、ギルドの役員たちも大喜びだった。

 そんなわけで、思いがけず報酬もたっぷりと弾んでくれたのだ。


 ギルドを後にしたところで、僕はポツリと独り言を漏らす。


「……本当に、こんなにもらってよかったのかなあ」


 すると、荷車の窓からパピヨンお嬢様が顔を出し、元気よく言った。


「気にすることはないのじゃ、タイゾウ! お主はそれだけのことを成し遂げたのじゃからな!」

「お嬢様の仰る通りですよ、タイゾウ様。もっとご自身に誇りを持たれてよろしいのです」


 メイドのノエムさんにもそう言われ、僕はようやく自分の行いを肯定できたような気がした。


 その日はもう夕暮れで、太陽が西の空に沈みかけていた。

 僕たちは村の宿屋に泊まることになったが、もちろん僕は建物の中には入れない。


 いつものように外で待機していると、窓から室内の様子がうかがえた。


 パピヨンお嬢様はすぐに眠りについていた。

 日中はあれだけ気丈に振る舞っていたけれど、心身ともに疲れが溜まっていたのだろう。


 その寝顔を微笑ましく見守っていると、ノエムさんがそっと窓から身を乗り出してきた。


「タイゾウ様、今回もお嬢様を助けてくださり、本当にありがとうございました」

「困ったときはお互い様です、ノエムさん」


 僕はそう返したけれど、ノエムさんの表情はどこか納得がいかないようだった。


「しかし……これだけしていただいて、何もお返しできないというのは、やはり歯がゆいものです。ボクにできることがあれば、何でもお申し付けください」


 真摯にそう言ってくれるノエムさんを前に、僕は少し考え込んだ。


 確かに、対価もないままに誰かのために働き続けるのは、かつてブラック企業で搾取されていた頃と一見似ているかもしれない。


 ――けれど、あの頃とは決定的に違う点がある。それは……


「お嬢様とノエムさんが、ちゃんと感謝してくれる。それだけで、僕は十分報われてます」


 そう。前の人生では、感謝もされず、ただ使われるだけの日々だった。


 でも今は違う。

 アフリカゾウの力で、大切な人の力になれている。

 ――それだけで、心が満たされるのだ。


 僕の言葉を聞いたノエムさんは、頬をほんのり赤らめて、少し視線を落とす。


「……そうですか。タイゾウ様がそう仰るのであれば、これ以上申し上げることはありません」


 「よい夜を」と一言添えて、そっと窓を閉じたノエムさん。


 その姿を見送りながら、僕は静かに星空を見上げ、今夜も外で眠りにつくことにした。


 夜中、ずっとうとうととしていた僕は、翌朝、寝巻き姿のパピヨンお嬢様の快活な声で目を覚ました。


「タイゾウ! ごきげんようなのじゃ!」

「お嬢様、おはようございます」


 恭しく頭を下げた僕に、パピヨンお嬢様は手を伸ばして撫でてきた。


「うむ、今日もよろしく頼むのじゃ! ――しかし、何やら外が騒がしいのう」

「ああ、それなんですけどね。どうやら村の皆さんが何か準備してるみたいなんです」


 夜中、外で様子を見ていたが、村人たちが慌ただしくしているのを見かけた。


「ほう、それは面白そうなのじゃ! ノエムよ、すぐに着替えさせてたもう!」

「かしこまりました、お嬢様」


 ノエムさんが手際よくパピヨンお嬢様の寝巻きを脱がそうとするものだから、僕は慌てて目をそらした。


 レディの着替えを覗くなんて、絶対にやってはいけないことだからね。


「もういいぞ」


 その言葉で目を前に向けると、いつもの華やかなドレスに着替えたパピヨンお嬢様が立っていた。


「やはりよく似合っていらっしゃいますね」

「ふふーん、そうじゃろう?」


 誇らしげに胸を張るパピヨンお嬢様のそばで、ノエムさんも嬉しそうに微笑んでいる。


 そして、バタフライ公爵も加わり、三人が出てきたところで、村人たちが待ってましたとばかりに押し寄せた。


「昨日は山賊共を退治してくださって本当に助かりました!」


「あの山賊共には、この村も散々苦しめられていたんです!」


「さすがは領主様!」


 怒涛の勢いで感謝を述べる村人たちをなだめたバタフライ公爵は、こう言った。


「落ち着くのだ皆の衆。昨日の一件で一番の功労者は私ではない。このタイゾウ殿だ」


 バタフライ公爵の言葉で、村人たちの目が一斉に僕へ向いた。


「この巨大な動物が?」

「確かに喋っていたから、ただの動物ではないと思っていたが……」


 あら、あんまり信用してないな?


 すると、率先して発言したのはパピヨンお嬢様だった。


「タイゾウはすごいのじゃ! 山賊共を一人で蹴散らし、囚われていたわらわを助けてくれたのじゃ!」

「お嬢様の言う通りです、タイゾウ様の活躍なくして山賊共の退治は成し遂げられなかったでしょう」


 ノエムさんの補足もあって、村人たちの疑念が尊敬に変わるのが見て取れた。


「それはすごいな!」


「まさかそんな力があったとは!」


「ありがたや、ありがたや……」


 しまいには手を擦り合わせて村人たちが拝みだした。

 僕は戸惑いを隠せなかった。


「そんな、皆さん顔を上げてください! 僕はただ大切な人を助けただけで……」

「それで村も手を焼いていた山賊共を懲らしめるなど、並みの者にはとてもできないさ」


 結局、村人たちのもてなしは、僕を中心に回ることになった。


 まあ、美味しそうな作物をたくさんいただけたのはありがたいけどね。


 腹が膨れたところで、僕たちは改めてアゲハ村を出発することになった。


 手を振る村人たちに見送られて、荷車を牽く僕はアゲハ村を後にした。


「やはり人助けした後は気持ちがいいのう!」

「パピヨンお嬢様はただ捕まっていただけじゃ……」

「何か言うたか?」

「いえ、なにも」


 年端もいかない少女とは思えない凄みのきいたパピヨンお嬢様の態度に、僕は慌てて取り繕った。


 そして大きな山を迂回して抜けた僕たちは、ようやく王都へと続く道をたどることに。


「ここまで長かったですね」

「じゃがお主のおかげで安心して任せられたぞ、タイゾウよ」

「それは良かったです」


 パピヨンお嬢様とそんなことを話しながら舗装された道を進んでいると、目の前に巨大な都市が見えてきた。


「あれが王都……!」


 遠くからでもその規模が分かるほどで、僕は胸が踊るような感覚を覚えた。


 王都に近づくごとに、人の流れがだんだんと数を増していき、自然と僕へ向けられる好奇の目も増えていった。


「ふふーん、わらわ目立っておるのう!」

「お嬢様、目立っているのはタイゾウ様です」

「わ、分かっておるノエムよ! ちょっと言ってみたかっただけなのじゃ!」


 ノエムさんの冷静なツッコミに、パピヨンお嬢様がムキになっていたところを、バタフライ公爵が軽く笑った。


「ははは、賑やかだなあ。これもタイゾウ殿のおかげだ」

「いえいえ、滅相もないですよ」


 長い鼻を振って謙遜しながら歩いていると、僕たちの前に巨大な門が姿を現した。


 門までは入場の審査待ちなのか、通行人たちがズラリと並んでいる。


 しばらく待って僕たちの順番が回ってきたところで、門番が身分証を見せるように言ってきた。

 バタフライ公爵が家紋のバッジを見せると、すぐに通された。


「さすが公爵ですね」

「ふふーん、わらわの父上はお偉い様なのじゃ!」

「こらこら、あまり吹聴するでないパピヨンよ」


 誇らしげなパピヨンお嬢様をたしなめるバタフライ公爵。


 こうして王都に入った僕たちは、その巨大な町並みを目の当たりにした。

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