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山賊の襲撃

 山を迂回してしばらく進んだ頃、僕は森の中に潜む不穏な気配を捉えた。


「どうかしたかや? タイゾウよ」

「お嬢様、気をつけてください。何か……います」


 僕の警告に即座に反応したノエムさんと護衛の兵士たちが、馬車を降りて警戒体制を取る。


 その刹那、馬車のすぐ前に何かが投げ込まれ――ぼふっという音と共に、濃い煙が一気に立ち込めた。


「な、何だ!?」


 視界を奪う煙に、僕たちは咄嗟に動けなくなる。


 続けざまに爆竹のような破裂音が鳴り響き――


「ヒヒィィン!!」


「馬がっ!」


 爆音に怯えた馬がパニックを起こし、馬車から外れて逃げ出してしまう。


 そして煙が晴れた頃には、僕たちはすでに取り囲まれていた。


 現れたのは、粗末な装備に身を包んだ屈強な男たち。全員がこちらを見下すような眼つきで、武器を構えている。


「山賊か……これは何の真似だ?」


 冷ややかな視線で睨み返すバタフライ公爵。その前に、ひときわガラの悪い男が一歩踏み出た。


「へっへっへ……いい身なりしてるじゃねぇか。大人しく金目の物を置いていきな、命は見逃してやるぜ?」


 下品な笑いを浮かべる男に、公爵は一切ひるまずに言い返す。


「ふん、馬鹿なことを……。私を誰だと思っている。バタフライ領を治める、この私――バタフライ公爵だ。貴様らにくれてやるものなど一つもない!」

「ほぉう、いい度胸だな。――野郎ども、やっちまえ!」


 男の号令とともに、山賊たちが一斉に襲いかかってきた。


「賊どもめ! 公爵様に手を出したこと、後悔させてやる!」


 ノエムさんが地面を蹴り、猛然とメイスを振るう。


 その一撃一撃が重く、山賊たちを次々に地面に叩き伏せていく。


「ぐわあっ!」


「がはっ!」


 僕も遅れてはならじと前に出る。


「ぱおおおおおおおおん!!」


 吠えるように鼻を鳴らして突進すると、山賊の一人が叫んだ。


「な、なんだこのデカブツはぁ!?」


 鼻でなぎ払い、蹄で踏みしめ、象牙で突く――巨体と力を生かした攻撃で、敵を圧倒していく。


「化け物だぁぁぁぁっ!? ぐふっ!!」


 山賊たちは次々と倒れていった――だが、そのときだった。


「どうじゃ見たか!」


 勝ち誇ったように荷車から身を乗り出したパピヨンお嬢様。


「お嬢様! 危険です、下がってください!」


 ノエムさんの叫びが響いた、その直後――


「ほえっ?」


 キョトンとしたお嬢様の身体を、どこからともなく現れた山賊の一人が抱え上げ、そのまま森の中へと逃げ込んだのだ。


「きゃああああああっ!」


「「お嬢様っ!!」」


 僕とノエムさんが同時に動いたが、遅かった。


 男の逃走は素早く、深い藪の中へとパピヨンお嬢様を連れ去ってしまった。


「お嬢、様……!」


 ノエムさんはその場に膝をつき、拳を握り締める。


「大変申し訳ございません、公爵様……ボクとしたことが……ボクとしたことが……お嬢様を……!」


 その瞳は悔しさと無念の涙で揺れていた。


「ノエム……お前は悪くない。責められるべきは、私の判断だ……」


「公爵様……いえ、そんなことは……」


 二人のやりとりを見守りながら、僕は静かに言った。


「――助けに行きましょう」


 その言葉に、公爵ははっと僕を見る。


「だが……パピヨンの居場所が分からない今、お前に何が――」

「それなら大丈夫です。お嬢様の香りなら、僕の鼻が見逃しません!」


 自信を込めて答えた僕に、ノエムさんがすがるように身を寄せた。


「……お願いします、タイゾウ様。どうか……どうか、お嬢様を……!」


「任せてください。僕が必ず、お嬢様を連れ戻してみせます」


 僕が長い鼻でノエムさんの肩を優しく叩くと、彼女は小さくうなずいた。


 地面に鼻を近づけて、パピヨンお嬢様の匂いを探す――すぐに、森の奥へ続く微かな香りを捉えた。


「この先です。ノエムさん、ついてきてください」


「はい!」


 こうして僕とノエムさんは、パピヨンお嬢様救出のため森の奥へと駆け出した。


 藪をかき分けて進むと、やがて目に飛び込んできたのは――粗末なテントがいくつも立ち並ぶ開けた区画。


「あれが、奴らのアジトですね」


 ノエムさんの目が鋭くなる。確かにあたりには、汗臭くて荒んだ空気が充満していた。


「タイゾウ様、ここは陽動でいきましょう。タイゾウ様が正面から注意を引いてください。その間に、ボクが裏から潜入してお嬢様を救い出します」


「了解です、ノエムさん」


 静かに、しかし決意をこめて僕はうなずいた。


 こうして――僕とノエムさんの、命を懸けたパピヨンお嬢様奪還作戦が始まったのだった。



 山賊に捕らわれたパピヨンは、そのまま連れられてアジトへと運び込まれた。


「きゃっ!」


 乱暴に突き飛ばされ、尻もちをつくパピヨン。

 その前に、ずんぐりとした体躯に顔面の大きな傷が目立つ男がのっそりと現れる。


「この娘が何だって?」

「はい、お頭。この子、バタフライ公爵の娘だそうで」


 ニタニタといやらしく笑う子分の言葉に、お頭と呼ばれた男が目を細める。


「なるほど……ちんちくりんだが、交渉の材料にはなるか」

「なんじゃと!? 誰がちんちくりんじゃ!!」


 怒鳴り返したパピヨンに、お頭がニヤリと口を歪めたかと思うと――次の瞬間、手にしたナイフをその細い喉元に押し当てた。


「ひっ……! わ、わらわにこんな無礼を働いて、ただで済むと思うでないぞ……!」


 怯えながらも気丈に睨み返すパピヨンの姿に、お頭は豪快に笑い出す。


「ハハハッ! さすがは公爵の娘ってわけか! 肝が据わってやがる!」


 その時だった。アジトの外から駆け込んできた山賊の一人が、息を切らせて叫んだ。


「お、お頭ぁ! 外に……化け物みてえな獣が攻めてきました!!」


 その報告を聞いて、パピヨンの瞳にぱっと光が差す。


「来たのじゃ! タイゾウが、助けに来てくれたのじゃ!」


「……何だと?」


 ナイフを突きつけたまま、お頭がパピヨンに顔を近づける。


「小娘、まさかその化け物と関係があるってのか?」


 だがパピヨンはもう怯えたりなどしない。むしろ――不敵に笑って、言い放った。


「フフン、今に思い知るがよい。タイゾウもノエムも、お主らのようなチンピラなど敵ではないわ!」


 その言葉を皮切りに――アジトの塀をなぎ倒すようにして、一頭の巨大な獣が姿を現した。


「な、なにぃ……あの化け物は……!」


 長く伸びた鼻に、鋭く湾曲した牙。

 その圧倒的な巨体と威圧感に、山賊たちは声を失った。


「ぶろろろろろろろ……!」


 低く唸る怒声。恐怖を纏ったその咆哮に、アジトは一瞬で緊張に包まれる。



 僕は入り口をなぎ倒しながら、アジトの中央へと突入した。


 目の前にあったテントを突き破るようにして踏み込むと――そこには、パピヨンお嬢様と、あの大柄な男の姿があった。


 男はパピヨンの首にナイフを突きつけたまま、僕を睨みつけて叫ぶ。


「くっ……動くな! これ以上近づいたらこの娘がどうなるか分からねぇぞ!」


 だが僕は、静かに、真っ直ぐに言った。


「……悪いことは言わない。その娘を、解放しろ」


 なるべく落ち着いた声で言葉をかけたつもりだった。


 しかし、男は不敵に笑って応じる。


「ハハッ、状況が分かってねぇな! 今、この小娘の命は俺の手の中にあるんだぜ!」


 やっぱり、話が通じる相手じゃなさそうだ。


 ならば――こちらも、切り札を使うしかない。


 僕は鼻でテントの床を叩いた。


 その合図を受けて――


「はあっ!」


 背後の布がはらりとめくれると同時に、ノエムさんが現れ、振りかぶったメイスで男の頭を強打した。


「おぶっ!?」


 鈍い音と共に、男はその場で崩れ落ちる。


「ノエム!」


 パピヨンが駆け寄り、泣きそうな顔で彼女にしがみついた。


「遅くなって申し訳ありません、お嬢様。必ずお守りすると約束しましたから」

「うむ! お主が来てくれると、信じておったのじゃ……!」


 その光景に、僕は思わず微笑む。


「……僕もちゃんと助けに来たんだけどなあ」


 少し拗ねてみせた僕に、パピヨンお嬢様がニカッと笑って答えた。


「もちろんじゃ、タイゾウ! お主のおかげで助かったのじゃ!」


 そう言って、彼女はいつものように僕の鼻に顔をすり寄せる。


 こうして無事にパピヨンお嬢様を救出した僕たちは、拘束した山賊たち全員を荷車に押し込め、近くの村の治安部隊に引き渡すこととなったのだった。

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