記憶のない殺人 Ⅱ
未完成である銀色のマシンを背にして、研修室のリーダーが大きく息を吸う。
「平子エトよ!時間を制する者は世界!いや全てを制することができるのだよ!私たちはそんなビッグな研究を行っているのだ。科学が発展しすぎた今、逆にタイムトラベルは無理なことだと位置付けする者が増えた。昔はもっとロマンに満ち溢れていた者が多かったはずなのに!科学者だけに留まらず、いつだってキラキラと輝いているのは挑戦し続け何かを頑張っている人達なのだよ。私はそう思う」
———カシャッ
ソファーに腰掛けながら、バイオレットの話を遮る様にして、カメラのシャッターを切る。この思い出を切り抜く音がたまらない。
今のカメラもシャッター音はするのだが、古いカメラとは何処か違う。
こう、言葉には言い表せないのだが、そこには確かに決定的な違いがあるんだ。
「な、なんだ、急に!」
一人でカメラの魅力に浸っていると、水を差す様にバイオレットが大きめな声で言う。
まぁいきなり撮影されたらそうなるよね。
「いや、バイオレットさんがとってもキラキラしていたのでついね」
「な———っ!まあいい」
少し顔を赤らめたバイオレットが、熱弁していたタイムマシンの話を切り上げ、僕の隣に座った。
「それで、塾はどうだったんだ。昨日が初出勤だったんだろ?」
「そうだね。人に対して興味のないことに、興味を持ってもらうには、どうしたらいいんだろうって考えさせられたよ」
「はっは〜ん、早速壁にぶち当たったわけだ」
「まぁね、昨日担当したセシリアって子がさ、一切授業に興味を持ってくれなかったんだ。話しかけても無視だったし」
昨日過ごした塾での光景を思い出しながら、僕はバイオレットに不満のような感情を軽くぶつけた。
「限られた時間の中で生きている以上、自分にとって必要のないと感じている物は、なかなか興味を持てないものさ」
「でも、せっかく塾に来ているのに」
「その思考がすでに間違っているのかも知れないな。もっと違う視点で考えてみるのも大事だぞ」
そう言って、バイオレットはソファーの上に、脱ぎ捨てられた白衣を手に取り、研究室の〈いつものポジション〉へと戻っていった。
ここ数日、バイオレットに貰ったアドバイスを意識しながらセシリアに接してきたのだが、見事に惨敗中である。
今日でセシリアを担当するのは五回目なのだが、未だ攻略の目処は立っておらず、ブロンドの髪の少女はお構いなしに頬杖をつきながらぼーっと窓の外を眺めている。
話しかけても勿論無視。目が合うことも基本的にない。
セシリア以外の二人は順調なんだけどなぁ。
そんなこんなで打つ手のない僕は、今日の報告書は何て書こうかと、授業の開始とほぼ同時に考え始めていた。
今日もある意味、平和に終わっていくのだろう。ただこう諦めてしまうと時間というものは長く感じるもので、徐々にやってくるのはひたすらの気まずさである。
それを紛らわすように、バングル型デバイスに軽く触れ、時計を確認する。授業は残り三十分。
空中ディスプレイのバナーに映し出された最新のニュースに目が留まる。
それは数日前にも見た、同じようなタイトルの記事だった。
「記憶のない殺人再び……か」
ボソッと小さく呟いた僕の言葉に、今までピクリともしなかったセシリアが、微かに反応したのを僕は見逃さなかった。
またとないチャンスだと思い、返事など期待しない口ぶりで軽く彼女に質問を投げつける。
「なぁセシリア。もし君が人を殺すとするならどんな理由?」
なんて質問してるんだ。僕は本番に弱いタイプなんだろうと痛感した。
こういう時ほど本当に頭が回らないもので、この記事に共通したワードで、更に時間もかけられない質問となると、このレベルが限界だった。
「人を殺していい理由なんてない。でももし自分の欲以外で人を殺している者がいるのなら、私は少し羨ましい」
意外にもセシリアはあっさりと答えてくれた。
視線の先は、窓に向けられたままだったが、嬉しさから口元が綻び、声が漏れそうになる。
しかし、先生としてのプライドなのか、はたまた男としてのプライドなのか。そこは、はっきりとしないが、今のこの喜びをぐっと押し殺し、せっかく返してくれた言葉を無駄にしないため、頭をフルに回転させ全力で言葉を考える。
「そうだね。誰かのために生きれるっていいよね」
これはまたヘンテコな返事をしてしまったなと、口にしてから気がつく。
それにしても初めて声聞い———
「痛———っ!」
突如、頭上に何かが降ってきた様な激痛がはしり、思わず後頭部を手で押さえる。
同時に、無数に散りばめられた、誰かの記憶のような、見覚えのない光景が写真や映像として、僕の頭の中を高速で駆け抜けた。
目は開けている。確かにさっきまで、僕の視覚はセシリアのいる塾の部屋を捉えていた。
それなのに見える景色が明らかにおかしい。どこか違う空間に、自分一人だけ取り残されたような。
———ありがとう、エト。
何だ……、今のは。
セシリア?
はっと意識が戻り、周りをきょろきょろと見渡す。今、何秒くらいこうしていただろうか。身体がふわふわとして酔いそうだ。
あぁ、気持ち悪い……。
見てはいけない物を見てしまったかのような、不審そうな目でセシリアが僕を見据えている。
「どうかしたの?」
「いや……。なんでもない」
というより、今の現象を説明する語彙力が僕には無い。説明なんてしようものなら、効果音だらけの滅茶苦茶な事になる。
そもそも、こんなことを説明されても僕なら信じない。それがわかるから、とっさに返事をすることが出来た。
妙な沈黙が続いたが、意外にもそれを壊してくれたのはセシリアの方だった。
「それで、あなたにはあるの?人を殺す理由が」
いきなり何の話をし始めたのかと思ったが、僕が始めた話だったことを思い出す。
「僕にもないよ。そもそも割に合わないことは犯罪じゃなくてもしたくないな」
と、この自然な流れが、僕に塾講師だったことを思い出させ、本題へと切り込んだ。
「そんなことよりセシリア。なぜ問題を解かないんだ。わからない問題があるなら言ってくれれば教えるよ?」
僕のこの言葉に対して、容赦なくセシリアは鉄壁の防御を発動した。机に顔を突っ伏し、寝る姿勢を僕に見せつけたのだ。
ぬぬぅ。なんて挑戦的な少女なんだ。全く。
一息つき、先程から開いたままの記事に視線を戻す。
今回もアルコールを摂取していた男性の犯行。
記憶のない殺人を犯した二人ともが、事故当日、多量のアルコールを摂取しており、ただの酔っ払いの犯行として処理されている。
しかし、どこか闇を感じる。
なぜならこの二人とも、フォルトゥナ社が開発した『ブレインチップ』の被験者だからだ。
現在ブレインチップの被験者は、フォルトゥナ社の従業員が数千人程と、一般の人間は志願すれば処置が施される。確かに人数は多いが、二人ともブレインチップの被験者の犯行だなんて、可能性として高いものでもない。
そして早速、掲示板などのSNSでは、この事件のことで盛り上がりを見せていた。
ブレインチップを使った洗脳だとか。フォルトゥナ社の陰謀だとか。いろいろな憶測が飛び交っている。
この事件に対してフォルトゥナ社は、ホームページやSNSにてブレインチップに誤作動はなかったと表明している。
「ブレインチップで人を操るなんてこと、できるわけないよね……」
「———できるよ」
独り言のように呟いた僕の疑問に、顔を机に伏せたままのセシリアが、無機質な声でぽつりと答える。
「へ……。今なんて?」
たった一言なのに、絶妙なタイミングとスピードに、あまりにもあっさりとした感じが真実味をより醸し出す。ただどこかで、受け入れられない自分が反射的に聞き返していただけだ。
この先は何を言われても真実として聞き入ってしまうだろう。
「ブレインチップには大脳皮質を制御する機能がついているの。それを利用すればおそらく可能。詳しい事は私もよく知らない」
「え……。それはそうとしても、何でそんなことを君が知っているの。まだそこまでブレインチップのこと、フォルトゥナ社は公表していないよね?」
「さあね。詮索は嫌いよ」
ブレインチップについて、もっと知りたいという溢れ出る好奇心に、授業の終わりを知らせるチャイムが終止符を打つ。
まだ物足りないと感じていたのは、ひょっとしたら僕だけじゃなかったのかも知れない。
いつもは、まるでチャイムがスターターピストルの役割を果たすかの様に、瞬間的に反応していたセシリア。
それなのに今日は、ワンテンポ遅れて椅子から立ちあがり、部屋を出ていったのだ。
まさか、ね……。
今日の報告書は、なんだか感想文のような出来栄えだったが、気にせずに提出し退勤する。
エレベーターを降りて、エントランスを抜けようとした僕の目に映り込んだのは、エントランス先の玄関で、一人つま先を地面にトントントンと一定のリズムを鳴らしながら立っているセシリアだった。
迎えでも待っているのかな。
するとまもなくして、真っ黒な少し長めの高級車が、セシリアの前で停車する。運転席からは、白髪で品の良い初老の男性が降りてくる。
その品の良い男性の存在は何かすぐにわかった。おそらく執事ってやつだろう。
丁寧に開けられたドアをくぐり、セシリアは車に乗り込んだ。その姿はまるでどこぞのお嬢様。いやお姫様。どっちでもいいか。なんて一人でつっこみをいれながら。「セシリアってお金持ちだったのか」と、見ればわかることを無意識に呟いていた。
「なんだ、知らなかったのか?セシリアはフォルトゥナ社の社長令嬢じゃないか」
知らない間に、僕の隣に立っていたマシュー先生が肩を組んできた。
「えぇーっフォルトゥナ社の!?いや、まさか」
半ば信じていない口調で言葉を放つ僕に、やれやれといった表情を浮かべるマシュー先生。
「逆にえぇ、だわ。知らずにセシリアの担当やってたのかよ」
「だって、名簿とかには何も情報が載っていなかったから、そんなこと知らないですよ」
そう言いながら、フォルトゥナ社の社長の名前は、サイラス・ベイカーだったことを思い出す。
そしてセシリアも……ベイカーだったな。それであんなにブレインチップに対して、やけに詳しかったのか。
マシュー先生とも別れ、一人夜道を歩いていると、思い出してきたのは、先程自分に起こった出来事。
いきなり誰かに頭を引っ叩かれたような衝撃の後。僕の知らない、誰か違う人間の記憶が脳内に入ってくる、視覚さえも奪われた奇妙な体験。
あのセシリアに似た少女は一体誰なのか。
似た少女という表現は、僕があんな風に微笑んだセシリアを見たことがないから、そのような表現をしただけで、あれはセシリアだった。
でも声だって、聞いたのは今日が初めてで……。
前にどこかで会ったことがあるのかもと、記憶を辿るも全く覚えがない。
まって、僕の願望じゃないよね!?
知らぬ間に僕がセシリアの笑顔を見たいと願い、それが僕の脳内をお花畑全開にし、その結果、生み出された幻影的な何かなのか!?
いやいやいやいや、信じないぞ。そんなのただの変態じゃないか!
明らかに普通ではない現象に、僕は動揺しているのだろうか。
今までいろいろな場所で写真を撮影してきたが、オカルト系の写真の撮影にすら成功したことは一度もない。カメラ中心の考え方も良くないのかも知れないが、科学で証明できないことを信じるなんてことは、僕にはできないのだ。
思案を重さねているうちに、ただ一つ『僕の頭がおかしくなっただけ』というシンプルな答えだけが残った。
明日バイオレットにでも相談してみようと思うが、きっと笑われてしまうだけな気がする。あの人もどちらかというと、僕よりの考え方だから。




