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記憶のない殺人

 ここは大学の隅にあるタイムトラベル研究会の研究室。ほぼ校外に位置しており、研究室の前は車も人も通る。

 そのためここが大学の研究室だとは知らない人も多い。

 研究室には水回りの設備もあり、普通に人が住める環境が整っている。



 最近、冬休み期間に入ったという事もあって、家にいることより、ここにいる時間の方が長い。



「よし、とりあえずこの辺でいいかな」



 そう言い放ったこの声の主がいる場所は、ガラクタや貴重な部品達に囲まれた部屋の隅。

 そこには、固定された広めの作業台が一つ。

 上には、鉄の塊のような銀色のマシンがどんっと異様な存在感を放ち、置かれている。



 その場所だけ、何故か丁度階段一段分低く作られているが、理由は特にないと思う。

 この、通称〈いつものポジション〉から立ち上がったのは、緩やかなウェーブパーマのかかった長い紫色の髪をした、バイオレットという女性。

 白衣を身に纏った姿はまさに科学者。この研究室のリーダーだ。と言っても、ここにはバイオレットと僕の二人しか所属していない人材不足もいいところ!の研究室だ。

 大学二年生の時、僕がたまたま食堂で読んでいたタイムマシンに関する古びた本をきっかけに意気投合したのだった。

 年齢は二十二歳と僕と同い年なのだが、妙に歳の差を感じる不思議な人だ。



「今日も凄く集中していたね」



 僕が研究室に来て二時間ほど経つのだが、その間、一切手を休める事なく作業をしていた。



 そんなバイオレットが休憩を取るために台所へと向かった。恐らく僕が来なかったらまだ作業を続けていただろう。



「まあね。マシンを触っていると、つい時間の流れを忘れてしまう」



 そう言いながら、バイオレットはインスタントコーヒーの粉を入れたマグカップを二つ用意し、一つ一つ丁寧にお湯を注ぎ、ティースプーンで優しくかき混ぜる。

 こういう姿を見ている時だけは、彼女が実験大好き馬鹿だということを忘れてしまうくらい、家庭的な女性を演出している。



 ちなみに実験大好き馬鹿というのは褒め言葉で、バイオレットもそれをステータスだと思い、認めている。

 平気で一日中マシンをいじくり回しており、その原動力はというと、昔に大切な人とした約束だとかなんとか。



 ここまでバイオレットを熱中させる、その人の事が気になり、少し前に訊ねたことがあったが、それは内緒だと微笑みながらはぐらかされた。



 僕も普段は作業をしているのだが、バイオレットの補佐みたいなもので、手伝って欲しいと言われない限り見守っている事が多い。



「私はだな、身体ごと時間を飛びたいのだよ。ぶーんってなっ」



 両手にマグカップを持ったバイオレットが、僕の座るソファーの前まで来て、目の前にあるテーブルに僕の分のコーヒーを置いてくれた。



「ありがとう」といい僕はそのマグカップに手を伸ばす。



「僕も、過去に戻ってあの時撮影できなかった、ハレー彗星を絶対に撮影したいんだよなぁ」



 バイオレットは同じソファーの、僕から二人分ほど離れたところに腰を下ろす。



「いやいや、夢が小さいな君は。次の機会を待てば叶う物のためにタイムマシンを作りたいだなんて」



 少し呆れ気味にコーヒーをすするバイオレット。



「でもタイムマシンは唯一、過去にしかない忘れ物を取りに行ける装置。景色ってその時その時で全然違う。あの時、感動しすぎてカメラを落としちゃって、撮影ができなかったからさ」



 この時代にはほとんど残っていない、今の物よりもだいぶ大きめのカメラを、僕はいつも持ち歩いている。



 何故か昔から古い物に心を動かされる。

時代とのミスマッチ感が好きで、そういう物は自分を特別にしてくれる気がするから。



「そんなことよりバイオレット、何か頼み事があるとか言っていなかった?」



 思い出したかのように問う僕を見て、バイオレットもその事を思い出したようだ。



「あぁ、そうそう!塾で働いてみないかなと思って」



 いきなり絶対に僕が選ばないような職種の提案をされて、一人時が止まっていると、バイオレットが続けて僕を紹介するに至る経緯を話し出した。



「知り合いの勤めている塾の生徒が増えすぎて人手不足なんだってさ。私に対してのお誘いだったんだが、私はすでにお花屋さんで働いているからな。これ以上、大切な実験の時間が失われるのは嫌だと断ったのだ。そこでこの前君が、働いていた飲食店が無くなったとか言っていたから、どうかなと思って」



 あぁ、そうだった。この人花屋で働いているんだった。

 その花好きはこの研究室内にも表れており、至る所にブリザードフラワーだったりお花が飾られている。

 良いのか悪いのかわからないけど、研究室という硬いイメージを、花達が打ち消してくれている。



「いやでも、僕はあんまり人に勉強を教えたりするのは、得意じゃないんだけど」



「なーあに、気に入らなかったらすぐに辞めたらいいさ」



 という流れで、今僕はとある塾の一室にいる。



 建物全体が白を基調としており、教室は生徒用と講師用に、椅子と机がそれぞれ一つずつ用意された殺風景な部屋だ。



 しかし、ここは高層ビルの七十階且つ、壁がガラス張りのため、端の部屋は綺麗な景色に見守られながら勉強をすることができる。

 ちなみに、六十五階から七十階までがこの塾が借りているフロアで、生徒も講師の数も膨大である。

 そしてここは、基本的に個別指導のため、講師陣はあらかじめ担当する生徒の情報を貰い、一人一人に沿ったカリキュラムを綿密に組まなくてはならない。



 僕に渡された名簿のデータは三人。つまり、僕はこの三人の生徒に勉強を教えるという訳だ。



 その中でも、一際目を引いたのが、今まさに僕の目の前でぼーっと頬杖を着きながら窓の外を眺めている少女。



 白いワイシャツに黒のスカート。それを支える黒いサスペンダー。とてもシンプルな服装なのだが気品が漂っている。

 黄色に近いブロンドの髪に、愛らしく幼い顔立ち。外を眺めるその冷ややかで、何にも期待していないようなグレーの瞳は、どこか切なく、見ていると吸い込まれそうになる。

 そして誰がどう見てもThe美少女。



 ただ、目を引いたのは決して!そんな理由ではない。



 他の二人の名簿には、苦手な教科であったり、志望している学校や、その他にも様々な情報が記載されているのにも関わらず、この少女の名簿には氏名セシリア・ベイカーと年齢十七歳としか記載されていなかったからだ。



 さらに、少し難しい子だから頑張れという先輩のアドバイスを受けて、初めは何のことだろうとクエスチョンマークを浮かべながら、呑気にこの部屋まで来たのだが、すぐにその意味がわかった。



 このセシリアという子は、授業に一切興味を示さないのだ。

 渡した解答データは白紙で返ってくるし、話しかけても全て無視。

 何故、問題を解こうとしないのか。

 初めての出勤という事もあり、できる限り悩んでみたものの、この状況を打開するための案が出る前に、授業の終わりを告げるチャイムが塾構内に鳴り響いた。

 長いようであっという間に感じたこの時間が、僕の初めての塾講師として過ごした時間だった。



 手応え、功績、共にゼロ。



 授業が終わり、さっと部屋から出て行くセシリアに呆気にとられ、挨拶をすることも出来なかった。



「嫌われてるのかな……」自然と感情が言葉になり口から出る。



 僕も六十七階にある職員室に戻らなくてはいけない。

エレベーター前で、セシリアと鉢合わせないために、ゆっくりとこの部屋を後にする。



 職員室には共有のデスクがたくさんあり、空いている席ならどこに座ってもいいことになっている。

 そしてデスクに自分のIDを打ち込み、ここで今日あった授業内容などをデータにまとめるのだ。



 僕はセシリアの欄に『特に無し』と一言だけ書こうとした時、先輩のマシュー先生から声をかけられた。

 もし、今誰かに声をかけられていなかったら、本当にそう打ち込んでいたと思う。



「どうだ、大変だっただろ?」



 さぞどんな答えが返ってくるのか、わかっていますと言わんばかりに、少し意地悪そうな表情のマシュー先生。



「まだ一回目なので、なんとも」



 大変というか、むしろ何もなさすぎて大変なんて全く思わなかった。

 どちらかと言うと不意を突かれた感じだ。

 塾の先生として働くにあたって不安だった事は、上手に教えてあげられなかったらどうしようという部分。

 そのため、何もなかった事にむしろほっとしている自分がいる。



「みんな一発目で、セシリアに当たると自信を失くす人が多いからさ。まぁなにか事情があるのかも知れんが無愛想な子だよなぁ」



「そうですね。勉強が嫌いなのかな」



「さーなー、親に無理やり通わされてるなんて噂もある。だとすると少し可哀想だけどな。まぁなんかあったらいつでも相談に乗るぜ!」



 マシュー先生は僕の肩に手を当て、ニカっと笑みを浮かべた。

 僕も笑顔で返事をし、短い報告書データではあるが、できる限り良い言葉や次に期待されるような言葉を並べ、書き込んだ物を提出し、帰る準備をした。



 バイト終わり、帰路に着いた僕は左手首につけている、バングル型デバイス(レスギア)でニュースを見ていた。

 普段からニュースに対して然程敏感な方ではないが、さっと目を通すレベルでは一応毎日チェックしている。



 ただ今日のニュースはいつもの代わり映えしない、つまらないものではなかった。

 記事のタイトルからして、とても興味をそそられる。



【記憶のない殺人】

ロンドン市警察は十九日、ロンドン市内の住宅で八十代の男性を果物ナイフで刺し殺害したとして、殺人の疑いでハリソン・ジョーンズ容疑者(三十五)を逮捕した。

ハリソン・ジョーンズ容疑者は被害者の腹部を数か所刺した後、警察へ通報。

その後の取り調べでは、ハリソン・ジョーンズ容疑者は「身に覚えがない、被害者男性とは一切面識がない」と容疑を否認していたが、凶器として使用された果物ナイフから、ハリソン・ジョーンズ容疑者のものと思われる指紋が検出され、一致したことから逮捕に至った。

ハリソン・ジョーンズ容疑者は事件当日、アルコールを摂取しており、記憶障害を起こしていたとして、警察は詳しい関係や経緯を含め、捜査を続けている。



 ニュースに気を取られながら歩いていると、いつの間にか僕の住むアパートに着いていた。

 不思議なもので、下を向きながら歩いていても何故か自分の家には帰って来ることができる。



 この現象に名前とかあったりするのかな。そんなくだらないことを考えながら、自分の部屋に入った。



 シャワーを浴びると、慣れない環境で働いたせいなのか、勤務時間はそこまで長くなかったのにも関わらず、猛烈な眠気に襲われる。思いの外疲れていたのかもしれない。



 そうしてすぐに僕は深い眠りに落ちていった。

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