ふたりとひとり
三題噺もどき―さんびゃくはちじゅういち。
静かな張り詰めた空気が支配する。
つい数分前までは、人々のささやき声が聞こえていたのに。
嘘のような静けさに包まれていた。
「……」
その中で、1つの声が響きだす。
低く静かで、厳かな声。
耳に心地のいい声は、教会内によく響く。
「……」
皆がみな、その声のする方を見ている。
そこにいるのは、1人の神父と男女が1人ずつ。
「……」
やけに恰幅のいい、それらしいと言えばそれらしい風格の神父。
前に並ぶ男女は、お互いを見つめながら、言葉を聞いている。
「……」
髪を短く切りそろえて、いかにも好青年という見た目の彼。
着慣れていないせいか、着せられている感があるタキシードを身に着け、しゃんと立っている。少し照れているように見えるのは、元よりこういう場面に慣れていないのもあるんだろう。
彼はあまり、注目されるのは慣れていないのだ。
「……」
その前に立つのは、真白なドレスに身を包んだ彼女。
自慢だと言っていた美しい黒髪をまとめず、綺麗におろしている。
ときおり吹く風に揺れるそれは、輝いているようにも見えた。
残念ながら表所は見えないが……きっと愛おし気に彼を見ているんだろう。
そいうのを、全く隠そうとしないのが彼女のいいところなのだ。
「……」
結婚する二人の共として、今ここに居る。
参列者の並ぶ椅子の半ばあたり、端の方に座っている。
……あまり近くで見たくないと言う思いと、2人の祝福をしたいと言う葛藤の末、中途半端ん位置に座ることになったのだ。
「……」
式が進んでいくにつれ、様々な思い出が頭の中をよぎる。
3人で出会ったばかりの頃。よく旅行に行くようになったこと。2人が付き合いだしたと話を聞いたこと。2人が衝突しかけるたびに話を聞いていたこと。相談に乗っていたこと。
―その度に。
―自らの思いを絞めつけながら、隠しながら、押し込めながら。
「……」
結婚すると聞いて。
ようやくかという思いと。
もう届かないと言う思いに。
苛まれたこと。
「……」
それでも友人として、2人の幸せを祈ろうと決めたこと。
それでも、この思いに、終止符を打てずにいる愚かな自分を呪ったこと。
「……」
神父の声が停まる。
少しの間をおいて。
彼の声が響く。
「……」
神父の声が停まる。
少しの間をおいて。
彼女の声が響く。
「……」
空気が小さく揺れる。
2人の誓いを祝福するように。
その中に自分は居ない。
「……」
小さな箱が運ばれる。
それが2人の前に差し出され。
彼が手を伸ばす。
「……」
彼女へ、指輪が嵌められる。
「……」
彼へ、指輪が嵌められる。
「……」
互いが共に在るように。
互いの一生を誓う様に。
互いを結ぶ鎖のように。
「……」
誰の手も届かない。
もう何もできない。
「……」
焦燥にかられるままに、攫ってしまえばよかったのか。
焦がれるままに思いを告げて居ればよかったんだろうか。
「……」
もう何もかもが手遅れ。
何もかもが無意味。
後悔ですら意味がない。
「……」
彼女の顔にかかったヴェールが彼の手で持ち上げられる。
2人の間に壁はなくなり、互いをしかと見つめる。
誓いのキスは祝福され、喝さいの拍手を浴びる。
「……」
小さく拍手をしながら。
2人の幸せを祈り、呪った。
お題:指輪・黒髪・焦燥