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殺人的なハッピーエンドで生きていく。

作者: 六波羅朱雀


「クソだな」


今しがた自分で倒した敵の遺体を見て、あたしはそう呟いた。首をおかしな方向へと曲げる遺体は、冒涜的な言葉を言われても何も言わない。遺体に口はないし、死骸に心はない。


時刻は夜明け前。海に立って昇り始めた陽の光を受けているせいで、身体中に纏わりついている鮮血が文字通りの鮮やかさを放っている。ちゃぷちゃぷと音を立てる足元の水に嫌気がさしながらも、水がなければ血を拭えないのだから仕方なくその場にしゃがんで身体を濡らした。


「ああ、本当に、どうしてこんな………」


ぐっちょりと水を吸い込んで鼻をつんざく匂いと色を消しながら、辺りを見回した。やっぱりそこには魂一つしかなく、幾百の遺体とあたししかいない。会話をする相手が欲しいけれど、でもやっぱり、こんなにも醜い自分なんて誰にも見せたくはないからほっとする。


「──アイツには、絶対見せられないな」


今は亡き主人に思いを馳せた。アイツなら今のあたしを見て笑い飛ばしてくれるんだろう。「お前、また厄介ごとに首突っ込んでんのか?オレ様が助けてやろうか?」ってさ。


嗚呼、駄目だ。アイツのことを考えると気分が沈む。戦闘によってズタボロに破けたこの服よりも酷い有様に心がなっていく。


──そもそもこの争い、お前を巡ったものじゃないか。


そう文句を言いたいけれど、アイツは死んだのだから意味などないか。死者に思いを伝えることは、昇り始めたあの太陽を地平線の向こうへと押し戻すことと同じくらい不可能なのだから。


□□□□□


およそ三年前。

帝国騎士団団長だったあたしの前に、アイツは現れた。一国の王子であり次期国王という立場を持っているアイツ、ヴォルフ・ガンドレッド第一王子は、騎士団の中でも王子直属の近衛連隊に気安く話しかけていた。そう、気安く、だ。時にからかい、時に笑い、時に一緒に馬鹿なことをしようと誘う。最初こそウザかったし、あたしからすれば護衛対象兼目上の存在である男に気安くは話しかけられないからとにかく面倒だった。


誘いを断る時も。

「仕事がございますので失礼いたします、ヴォルフ王子」

「おいおい、堅苦しいのはいらねぇって」


護衛につく時も。

「本日はパーティがございますので、あたしが護衛を務めさせていただきます」

「オレ様はお前にも負けないくらい剣が強いんだぜ?護衛なんていらねぇっての。それよりほら、酒でも飲もうぜ」


あたしにとっては何でもない、特別な日にも。

「お前今日は誕生日だろ?ほら、これプレゼントだ」

「必要ございません。給料は十分貰っておりますので」

「そう言うと思ったよ。でも受け取らせるぞ」

「…………」

「あんま、こう言うことは言いたくねぇんだけどな。けどまあ仕方ねぇ。……王子からのプレゼントを断るなんて不遜だぞ。受け取れ」

「……仕方ありませんね。では、有り難く受け取らせていただきます」

「おう。どうせお前は任務に邪魔だとか言ってアクセサリーはつけねぇだろうから、ちゃあんと使えるもんにしといたぜ。綺麗だろ、その短剣」

あたしが箱を開けた途端に自慢するように笑うその顔が、ちょっとだけ、羨ましくて、眩しかった。


誰にでも明るく、平等に接するアイツは国民にも人気があった。よくお忍びで城を抜け出してはあたしたち近衛連隊を困らせ、いつの間にか街で人を助けたり子供と遊んだりと平和を謳歌していた。


誰よりも帝国の存続と平和、安全と未来を望む人だった。


それなのに。


六ヶ月前のこと。

突如、隣国の姫君フィーリアが親である国王の死を受けて女王となった途端、アイツに求婚してきた。婿として嫁がないか、と。そう、姫君はアイツに惚れていたのだ。けれども次期国王である長男が他国に嫁ぐわけがない。丁寧に、そして相手のメンツを潰さないようにして断ったはずだった。


だというのに、あの女王は……ッ!!


恋愛観を拗らせに拗らせためんどくさい系女代表と言ってもいいあの女は、フラれたと思い、捨てられたと思い、馬鹿にされたと思い、プライドを傷つけられたと思い。そして、そして、女王としての全ての権限を用いて意味不明で辻褄の合わない形ばかりの大義名分の文章を送りつけたかと思うと宣戦布告をしてきたのだ。


アイツは国民を思って嫁ごうとした。けれども誰もが反対した。あんな女に嫁いだところで、戦争が無事に終わる確信はない。狂った女というのが約束を守ることはないのだ。


国民と戦力、兵士と誇りの全てを持って戦へと挑んだ。


真にアイツを賭けた戦いだった。


もちろんあたしも、帝国騎士団団長として前線で挑み続けた。

剣技の大会無敗、装備無しの喧嘩無敗、槍も弓もハンマーも短剣も斧も何もかもを操るあたしは帝国の最大戦力であった。団長が無敗であると、兵士たちの指揮も上がる。逆に言えばあたし一人の敗北が国民に戦争が劣勢であると思わせるという緊張感と責任感を有していた。


「オレ様は、結構楽しい人生だったと思うんだ」


ある日、作戦会議を終えてテントの中に残ったあたしに向かってアイツはそう言った。


「王子なんて普通は城の中に閉じ込められて堅苦しいマナーを守って死んでいくもんだが、それに比べてオレ様は遊び回ってお前たちに迷惑かけて」

「……街を見て回るのは、国民の幸福な姿を目に焼き付けるためでしょう。そうすれば、逃げることは許されないと覚悟が決まるから」


可愛らしい嘘がバレた子供みたいに笑ったアイツの顔を、あたしは今だって覚えている。いつもと同じような顔のくせに、何処か切なさを覚える、哀愁漂う笑顔だった。無理やり笑っているのかも分からない。多分、楽しかったという言葉は嘘ではないだろうから。


何を言えば正しいのか。それが分からなくて、あたしはそれ以上何も言わなかった。


戦争は進み、死者は増え、その度にアイツは演説をした。私は近衛連隊でありながらもアイツの側を離れて前線を駆けることが増えていった。


そうした、ある日のことだった。


「戦況は最悪だな」


相変わらずテントの中で行われる軍事会議にて、将軍がそうこぼした。ついこの間、戦さ場にて片目を喪失した将軍のこぼす言葉には重みがあった。


「勝ったとしても、その後の国の状況は……」


問題が勝敗でなく復興であることが最悪だった。国民の士気の高さは未だ保てているものの、それは将軍とあたしが無敗であり、そして第一王子が生きているからに過ぎない。誰か一人でも欠ければいとも容易く崩れるものだ。


「だがまずは、勝たねばならない。案ずるな。帝国の復興ならば必ずやこのヴォルフ・ガンドレッドが完璧に果たしてみせるさ」


正装を着込んで胸を張るアイツの言葉には、責任感があった。こうなるべくしてここに生まれた、存在そのものが王であった。だからこそ、将軍もまた安心して、この国を、あるいは、己の命運までもを戦場へと預けたのかもしれない。


一週間後、将軍が戦死した。

敵は活気付き、あたしたちの軍は徐々に後退するのみ。無敗が一人欠けたことで国民も兵士も弱ってきていた。


──あたしが負けたら、次は、後退のみでは済まない。


だからこそ、戦い続けたのに。

アイツの望む未来の帝国の為に戦った。

疲れた時は顔をビンタして気合いを入れた。

眠い時は剣で腕に切り傷をつけて痛みで目を覚ました。

何があっても、倒れはしなかった。

騎士団団長として誰にも弱さを見せなかった。

アイツの望む戦争の勝利の為に戦った、はずだった。


折れたのは、あたしよりもアイツの方が早かった。


将軍に代わり戦場にて指揮をとっていたアイツは襲撃を受けた。少し離れた場所で戦に身を投じていたあたしは敵部隊の動きの異常に気がついてすぐにアイツの元へと向かった。でも、間に合わなかった。見ればアイツの背中から(つるぎ)が生えていた。刺されたのだ、背後から。


「ヴォルフ王子!!」


叫んで走り出し、腰に装備した短剣で敵の喉を裂いた。そして倒れそうになるアイツに手を回し、支えてやる。こちらに手を伸ばすアイツの指は震えていて、もう、全てが間に合わなかった。


「そんな顔をするな、少し先に行くだけだ」


無理やり笑うその顔が、くしゃりと歪む。痛いくせに涙ひとつない、人形のような整った顔がムカついた。どうして、痛いと、言ってくれないのかと。近衛連隊でありながら守れなかったあたしを責めないのかと。


「また会おう、コゼット」


あたしが嫌うあたしの名前を呟いたアイツは、たった一度瞬きをした()に息絶えていた。


それからはもう、失うものなど何もなく。

希望も未来もあたしにはなく。

ただひたすらに、敵を殺さねばならないと思い。

バーサーカーと呼ばれるほどに殺し尽くして、今、こうして。


アイツに貰った短剣と団長の証である長剣を手に、この海辺で、殺し尽くして。


──でもやっぱり、何もないな。


「これだけ殺しても何も感じないならば、あたしはもう人間として終わっているな」


身体中の血を洗い落とした後、水浸しの状態のままあたしは死んでいる遺体のうちの一つの頭を無造作に掴んだ。


「敵の将軍の首であっているな」


長剣で首を体から引き離してやると、あたしはそれを手にしたまま帝国の領地へと歩き出した。この首を皆に見せれば、将軍を失ったのはこちらだけではないのだと活気付くはずだ。むしろ、敵国の方が将軍の立場に重要性があった。あちらにはあたしのような無敵の団長はいないからだ。これがきっかけで、戦争が和平にでもなればいいけど。でもまあ、どうせなら相手のお姫様、今では女王か。奴くらいは殺してしまいたいな。


そうして帰路に着き、国王より直々に将軍殺しの褒美を貰った。その褒美の内容は、敵国との和平の際にあたしが望む条件を出していいとのこと。将軍殺しのおかげで帝国が有利になったため、ちょっとした無茶な条件ならば敵も飲む。

だからあたしは、こう願った。


「フィーリア女王陛下の処刑を。そしてその役割をあたしがしたいのです」

「……いいだろう。我が帝国の勇者が望むのであれば」


馬鹿な女王(フィーリア)は驚いたようだけれど、あまりにも身勝手に戦争を行った女王を敵国の国民も良くは思っていなかったようで、むしろあたしが処刑することを喜んでいるようでもあった。


そして三ヶ月後。反論もないままに、処刑は遂行される。


「やめて!私は何も悪くない!」


そう言って無様に泣き叫ぶ女の首を捉える。


「お前のせいで、ヴォルフ王子は死んだんだ」


誰にも聞こえない声量でそう呟いたあたしは、後はもう無感情に長剣を振り下ろした。ことりと、あとには軽い音が響く。それを掴んで国民に向けて宣言した。


「これにて、全ての条件は遂行された!和平は実現したのだ!」


未だタラタラと血を流す、長い金髪を有した首。

アイツは死んでしまったけれど、戦はほぼ勝利となり、戦争のきっかけとなった女王も殺せた。


──あの戦場の果てには、何も無かったけれど。


「お前を失った割には悪くはない、結末だろう」


少し説明をします。

ヴォルフ王子は元々明るい人ですが、しつこく主人公に話しかけていたのは純粋に好きだったからです。しかし身分の違いもあり、言えば困らせてしまうことを分かっていたから最後まで想いを伝えなかった。

コゼットは口数の少ない人で感情もあまり理解していません。ですが、本人も気がついていないうちにヴォルフ王子への思いは大きくなっており、故に、恋心を理由に戦争を始め最終的にヴォルフ王子を殺したフィーリアを恨んでいたんですね。


ちなみにコゼットとは、フランス語で要らないものという意味だそうです。だから自分の名を嫌っているんですね。

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