いつもの日常
男は「おはよう」と小さくこぼした。
朝から「おはよう」と言っても挨拶が返ってこないことにはもう慣れた。
結婚すれば何かが変わると思っていたが何も変わらない。
夫婦という称号だけが残り、2人の間は空虚で本来あるべきはずの愛など存在していないのかもしれない。
今日も男は1人適当に朝ごはんをつまみ、ずっとクタクタのシャツを着て、ネクタイを緩く閉めて出勤する。
寂れた朝だと思うかもしれない。
慣れたらいい、ずっとこの先適当に働き、適当に老いてしまえばいい。
心の底から自分という存在がこの世に必要ないとさえ思えた。
そして、窓の外は曇っていた。
朝なのか昼なのかわからないとっくに日がにぼりきって暮れている時分かもしれない。
女は部屋から出て誰もいない部屋でただひとこと「こんにちは」と言った。
誰もいないことは百も承知だがそれでも返事が返ってくることを期待した。
結婚すれば何かが変わると思っていたが何も変わらない。
親は依然と完璧主義で古臭い考えを持っているから優秀な男と結婚しろとずっと言ってきた。
私に自由はないの?好きな人も愛を誓った人もいたのにどうして知らない赤の他人と結婚させられなきゃいけないの?
嘆いても嘆いても寂れた空間。
自分の服だけ洗濯して外の干しておいた。何もする気が起きなかったのでまた夢の中へ戻った。
また、窓の外の雲は広がっていた。
出勤時よりいっそうくたびれたシャツの男が「家」に帰ってきた。
もちろん「ただいま」もなければ「おかえり」もない。あるのは寂れたリビングと雨音だけだ。
そう、窓の外では鬱陶しい雲が精一杯泣いていた。
さっと夕食を済ませた男はベランダに服が干されているのを見た。
雨にさらされた衣服は取り込んで!と言わんばかりに荒れている。
男はすこし悩んだ後、ベランダに身を出し洗濯物を部屋へと運びこんだ。
働きアリのようにただただベランダとリビングとを行き来した。
手持ちのドライヤーで服を一枚ずつ乾かし畳んで置いておいた。
何も望んじゃいないし恩を着せるつもりもなかった。男は買ってきたコンビニ弁当を温めて1人夕食をとる。
何ら変わり映えのない日常これが夫婦の実態だ。絶望するなよ、事実なんだから。