7.何かきみにあげられるものがないかな。
そのまま、しばらくクオリンドはただのあたりまえの子供のように泣き崩れていた。
護衛の騎士たちは、かれに優しくしてくれた。また、そのなかには顔見知りの人物もいたのだ。それを、かれは置き去りにして逃げ、見捨ててしまった。
もちろん、その場に残ったからといって八歳の子供に何ができたはずもない。むしろ、邪魔になるばかりだっただろう。
しかし、それでも、自分のために幾人もの騎士たちのいのちが失われたという事実は、かれの幼い心を苦しく締めつけた。
「あなたのせいじゃないよ、クオリンド。問題なのは、世の中には、人のいのちを何とも思わない凶悪な連中がいるということ。騎士はそういう連中と戦うのが仕事だっていうわ」
「でも――」
「行きましょう、クオリンド殿下。せめて、かれらのたましいを弔ってあげるために」
メリサリアはまだ幼い子供とも思えないしっかりした口調で淡々と告げた。
「う、うん」
クオリンドは圧倒される思いだった。この子は、聖女の力をもっているだけではなく、何か秘密があるのかもしれない。そう思った。彼女はあまりにもたくさんの点で疑問の余地がありすぎる。
ふたりはクオリンドが来た道をもどり、しばらくして、戦いの跡地へたどり着いた。そこには、無惨な死体が無数に散らばっていた。
騎士たちだけではない。刺客たちもまた、倒れている。どうやら、刺客たちのなかで逃げのびたのはクオリンドを追ってきたあのふたりだけで、ほかはすべてこの場所で斃れたらしい。
あたりには血と臓腑があふれ、すさまじい臭気が立ち込めて、呼吸すら苦しいほどであった。
クオリンドは何度となくえずき、しまいには腹のなかのものをみな嘔吐してしまったが、メリサリアは顔色を変えることすらなかった。まるで、その幼さでこういった死の光景に慣れているとでもいうように。
クオリンドはあらためて疑問に思った。いったいこの子は、ほんとうは何者なのだろう。
おそらく、聖女であることはまちがいない。しかし、ただ聖女として生まれたというだけではなく、何かほかにもっと秘密があるような気がしてならない。
メリサリアは、あたりまえのような顔をして、壮絶な死臭を放つ騎士たちと刺客たちの亡骸に歩み寄っていったかと思うと、ちいさなてのひらでそこにふれた。
そのくちびるから、何か、小鳥の歌声とも、美しい和音とも聴こえるような言葉が流れ出てくる。
それが死者を弔う祈りの聖句であると気づいたのは、クオリンドなればこそであっただろう。そのあまりにも美しく、澄明なひびきは、ほとんど人の声音とも思われないほどであった。
そして、いまふたたび、その小柄な肢体が白光を帯びはじめた。透明な、神聖な、その、すがた――それはまさに、人をして聖女といわしめるものそのものと見えた。
せつな、メリサリアの小柄なからだの背後に、きわだって美しい顔立ちをしたひとりの大人の女性の麗姿が見えたと思ったのは、はたして錯覚にしか過ぎなかったのだろうか。
ともかく、クオリンドの目前で、神秘の現象はつづいた。ひとりひとりの死骸から、何か青白くひかるものが、ぼんやりと抜き出て、そうして空へ立ち昇っていく――。
クオリンドはそれが、戦いに斃れた敵味方の者たちのたましいであることを悟った。悟らざるを得なかった。
かれはまたも滂沱と涙しながら、しずかに、かれを命がけで守ってくれた騎士たちに別れを告げた。
そうして、どれくらいの時が経ったことだろうか。メリサリアからも、まわりの遺体からも、白光はかき消えていた。
クオリンドはようやく落ちついて、涙をぬぐいながら、メリサリアに近寄っていった。
「ぼくの騎士たちのたましいを悼んでくれてありがとう。かれらはきっと救われたと思う。この上、お願いを重ねるのは申し訳ないけれど、ぼくのお母さまを救ってくれないだろうか。もちろん、お礼は何でもする。きみが望むものであるのかどうかはわからないけれど」
メリサリアは、悲しげにまなざしを伏せた。
「あなたのいう通り、わたしは聖女の力をもって生まれてきた。でも、事情があって、そのことは隠しているし、力もむやみに使わないことにしているの。あなたのお母さんを救ってあげられないのは残念だけれど、それは受け入れてもらうしかない。どんなお礼をしてもらってもわたしには意味がないわ。ごめんね」
「どんなお礼でも? 金銀財宝でも?」
「どんなお礼でも。わたしにはお金なんてたいして意味があるものじゃないし」
「それなら、ああ、何かきみにあげられるものがないかなあ」
クオリンドは懸命にポケットをひっかきまわして探ったあげく、そこから袋に包まれた二、三枚のクッキーを取り出した。森を奔り抜けたため、それはひどく割れ砕けていた。
かれはがっくりとうな垂れた。
「ダメだ! こんな子供向けの甘いお菓子なんかできみが心を変えてくれるはずないよね。とても美味しいクッキーなんだけれど」