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5.お断りします。

 クオリンドは前方の刺客のそのさらに後ろからあらわれたひとりの子供を唖然と見つめた。


 このような深い森のなかで見かけるはずもないと思われるような、きわめて愛らしい女の子であった。


 肌は透けるように白く、この時代にはありえないことにほとんど枝毛の一本もない黄金の髪は首のあたりまで真っすぐにのび、また、その瑠璃いろの双眸にはひどく大人びたひかりがきらめいている。


 くちびるを生意気そうにきゅっと結び、いまにもやれやれなどといいださんばかりの表情。


 背は低く、まだ五、六歳としか見えないのに、その年ごろの子供にふさわしい不安なようすはまったく見あたらない。それどころか、むしろ一人前の狩人か何かにすら見えた。


 その服装こそとりたてて贅沢だったり華麗だったりするものではないが、よく見ると、傍らに一匹の猟犬らしき動物をともなっている。


挿絵(By みてみん)


 いったい何者なのか? ひとりクオリンドだけではなく、ふたりの刺客までもとまどったように見えた。


 その子供は金糸の髪を片手でふわりとかき上げながらちいさく吐息した。


「やめなさいっていっているのがわからないの? いまなら怪我をしないで帰れるよ。さあ、さっさとその子を置いて逃げ出しなさい」


「なんだ、このガキは?」


 刺客はいぶかしそうに呟いた。


「王子の妹か何かか? いや、馬車のなかには残っていなかったはずだ。それなら、ほんとうにただの行きがかりなのか? どうにも貴族の娘らしく見えるが――」


「まあいいだろ」


 クオリンドの後方の刺客が低く残忍にささやいた。


「何者だとしても、どうせ殺してしまえば同じことだ。こんな子供を殺しちまうのは忍びねえが、目撃者を残すわけにはいかん。悪いな、嬢ちゃん、運が悪かったと思ってこの場で死んでくれ」


「お断りします」


 瑠璃いろの目をした幼女は小生意気にもかるく首をかしげてふたりの男たちを見上げた。


「あのね、あなたたち、死ぬということがどういうことかわかっているの? 死んだことないでしょう? それなのに簡単に人に死ねなんていわないことね。ほんとうに死んだことがある人間はそんなに軽々しい言葉を使えないものよ」


「何だ、この口の減らないガキは」


 刺客はかん高く舌打ちした。そして、それ以上は無駄口を叩くこともなく、ざくざくと落ち葉を踏みしめて幼女に近寄り、冷酷にも躊躇なく彼女へ短刀を振りかざした。


 クオリンドは思わず目を閉ざした。いまにも血しぶきとともに子供の死の悲鳴が上がるものと思われたのだった。


 しかし――


 じっさいには、いつまで経っても、その叫び声は上がらなかった。


 クオリンドは恐る恐る目をひらいた。そうすると、想像もしなかった光景が目の前にひろがっていた。何と、子供は素手で不気味に赤黒くひかる短刀を受け止めていたのだ!


 ありえないことであった。しかも、よく見ると子供のからだは薄っすら、ほのかな白光を放っている。


 それが少数の、ほんとうにかぎられた人間にしか宿らない神聖な光であることを、王子であるクオリンドは知っていた。


 刺客もあきらかに驚愕して動きを止めていた。子供は、その隙にかれのすねを思い切り蹴って転ばせ、短刀を奪った。すねを抱えてその場に倒れ込んだ刺客の顔の横にずぶりと突き刺す。


 そして、彼女の横の猟犬が――いまさらに良く見てみると、それはあたりあまえの犬でも狼でもありえない聡明な知性をそなえたひとみと、銀いろにひかる立派な毛並みをしていたのだが――かれのからだにのしかかって、その首すじをかるく噛んだ。


「これでわかったか!」


 子供が自慢そうに威張った。


「命は助けてあげるから、さっさと逃げなさい! さもないと――」


 〈猟犬〉がわずかに牙に力を込めたようだった。ひとすじの赤黒い血が首すじから流れ落ちる。


 それで、刺客の心はくじけたようだった。〈猟犬〉がかれのからだから離れると、刺客はそれ以上の言葉もなく、あわてて逃げ去っていった。いまひとりの刺客もそれにつづく。


 子供は不思議そうにかるく小首をかしげた。


「こういうときはおぼえてろよおっていうものだと思っていたけれど、いわなかったわね?」


「ああ、うん」


 クオリンドは全身からいっきに力が抜けて、思わずその場に座り込んだ。どうしようもなかった。


 いまさらながら、怪我をした片ひざがひどく痛んだ。泣き出してしまいたかったが、どうにかそれはこらえる。


 助かったんだ、と思うと、安堵のあまり気を失ってしまいそうだった。


「あなた、怪我をしているわね。ちょっと見せてみなさい」


 クオリンドよりさらに年下とおぼしい子供はかれのからだに手をかけると、そこにさっと手をかざした。たったそれだけのことであったのに、急激に痛みが消えていくことを感じた。


 見ると、破れた衣服のしたの傷口がふさがっている。血の跡こそ残ってはいるが、もはやまったく痛まない。


 奇跡としかいいようがない事態であったが、子供はあたりまえのような顔をしていた。その後もかれのからだの各所の傷を癒やし、それから汚れを払うように手をたたく。


「さて、と。このまま放り出すわけにもいかないよね。偶然、この子が気づいて、わたしが通りがかったから良かったけれど、そうでなかったら殺されていたところだもの。あなたが何者なのか知らないけれど、森の外まで送っていくよ」


「待って!」


 クオリンドは子供が逃げ出さないよう、彼女の服にすがりついた。必死に告げる。


「聖女さま。きみ、聖女さまなんでしょう? ぼく、きみにどうしてもお願いがあるんだ。頼むよ、その力をぼくに貸して!」

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