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23.大丈夫だからね。

 ほんの一瞬、〈ハイ・グリフォン〉の動作が鈍った。狂気を宿した黄金の眸が、後方のメリサリアのほうを向く。


 かれは、その刹那、怪訝そうに、何かを思い出そうとするようにその目をほそめた。


 この幻獣と絡みつくようにして戦っていたユリッサはその隙を見逃さなかった。金の目に、思い切り長剣を突き立てる。


 セヴェリンドが絶叫を上げた。この戦いでかれが苦痛を感じさせるのは初めてのことだった。


 この恐るべき怪物も、決して無敵ではないのだ。その認識に勇気づけられた騎士たちが、次々とかれのからだに武器を突き立てていった。


 さすがの連携であった。赤い血が噴水のように上がりつづける。


 幾人もの死者と負傷者を出しながら、死闘はついに終焉に向かおうとしていた――人間たちの勝利という形で。


「やめて!」


 そのとき、メリサリアは叫んでいた。


「お願い。やめてください!」


 幾人かの騎士たちが唖然としたように彼女のほうを見た。


 メリサリアはいまや片目を失い、総身が傷つき、鮮血にまみれた幻獣のもとへ駈け寄った。


 間違いない。かれだ。セヴェリンドなどという名ではない。ゲルジェリウスだ!


 騎士たちのなかには彼女を止めようとする者もいたが、そのあいだを掻いくぐって〈ハイ・グリフォン〉のもとへ向かった。


 そのまえに、ひとりの血に濡れた姿の騎士がたちふさがった。


 クオリンドだ。


「何を考えているんです、メリサリア。まだあのグリフォンは死んでいないんですよ」


 その目には怒りと不審が閃いていた。


 メリサリアは首を振った。


 いったいどう説明したらわかってもらえるだろう。自分でも説明し切れないようなことを?


 しかし、もう間違いない、かれなのだ。かつて、自分の半身とも思った友人が、はたしてこの百年をどう過ごしたものか、狂い、傷ついて、目の前にいる。放置することは考えられなかった。


 メリサリアは必死の思いで頭を下げた。


「お願いします。そこを通してください」


「できません。行かせれば、あなたは噛み殺されてしまう」


「そうはなりません。わたしはあの子を知っている。あの子はわたしに従っていた身なのです」


「あの子?」


 クオリンドは返り血でぬれた首を傾げた。


「あなたのいうことはまったくわからない。とにかく、奴がはっきり絶命するまで待ってください。それではいけないのですか?」


「いけません。どうか、わたしを行かせてください。あの子が――わたしのゲルジェリウスが死んでしまう!」


「ゲルジェリウス?」


 クオリンドはわずかにきびしい表情を緩めた。何かに想いを馳せるように碧い眸をほそめる。


「どこかで耳にしたことがある名だ。たしか、そう、古の聖女に仕えた幻獣――。もしかして、あなたは、あれがそのゲルジェリウスだというのですか?」


「はい」


 メリサリアはうなずいた。


「そうです。どうか、わたしを信じてください。いまならまだ間に合う。あの子を救えるかもしれません」


「救う?」


 クオリンドの表情があきらかな疑惑に曇った。いったい何をいい出しているのだ、と考えていることがメリサリアにもわかる。当然の疑問だ。しかし、いまはくわしく説明している暇はない。


 ふたりはしばらくのあいだ、見つめ合い、そして、クオリンドはため息を吐き出した。


「わかりました。もうあの〈ハイ・グリフォン〉は瀕死だ。近寄っても大丈夫でしょう。ただし、わたしの傍から離れないで。そして、あくまで危険な相手であることを忘れないでください」


「ありがとう」


 メリサリアは目に涙がせり上がって来ることを感じた。あきらかに無茶なことをいっている自覚があるだけに、自分の言葉が通るとは思わなかったのに、クオリンドは何の根拠も示せない言葉を信じてくれた。嬉しくてたまらない。


 だが、感傷に浸っている場合ではない。


 急いで幻獣のもとへ走り寄る。


 〈ハイ・グリフォン〉はその巨体に行く本物槍を刺され、まさにその息の根を止められようとしていた。


 そのまわりを幾人もの騎士が取り囲んでいる。かれらの表情には当惑の色が濃かった。


 あえてそれを無視し、幻獣の傍に寄ろうとする。止められた。クオリンドだ。


「これ以上はだめです」


 かれの顔を見て、うなずく。


 これ以上近寄れば、〈ハイ・グリフォン〉の爪がとどく。どのような理由かはわらかないがかれが猛り狂っている以上、一撃で殺される可能性がある。その理はわかった。


 だから、その位置からかれに語りかけた。


「ゲルジェリウス、わかる? わたしだよ。どうしてこんな風に暴れたりしているの? 何があなたをそんな風にしたの? 教えて」


 グリフォンの金いろをした眸が、緩慢にメリサリアのほうを向いた。


 しばらく、かれは無感動に彼女の姿を見ていた。べつだん、この死を目前にした幻獣は、ただ怒りと憎しみ以外の何の感情も示すことはないかに見えた。


 だが――しばらくして、その眸がかすかに理解の色を示した。それはいかにも驚愕したように円く見ひらかれた。


 メリサリアは意識を集中し、ゆっくりと、子をあやす母のように優しく語りかけた。


「大丈夫、大丈夫だからね。いま、助けてあげるから」

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