17.世界は闇も同然。
メリサリアは騎士団の宿舎の一室で、クオリンドとユリッサから今回の遠征について説明を受けることとなった。
クオリンドとユリッサはメリサリアの向かい側の椅子に並んで座る。クオリンドがちょっと呆れたようなまなざしを向けてきた。
「その覆面、いつまでつけているつもりなんですか? 邪魔でしょう」
「だって、顔がわかっちゃうじゃない」
「つけていてもわかりますよ。その格好は騎士団を信頼していないというメッセージになります。いいかげんあきらめて外したほうが良いと思いますけれどね」
「うーん」
そのとき、ユリッサがすっと手をのばし、メリサリアの白い手を包み込むように握った。とまどうメリサリアを正面から見つめ、にっこりとやわらかくほほ笑みかけてくる。
「メリサリアさま、あなたはお美しい。美女がお顔をかくすことは罪です」
「ええっ。あ、ありがとうございます。じゃあ、外そうかな」
メリサリアは照れた。女性からとはいえ、ここまで正面から褒められると胸が高鳴ってしまう。
彼女は覆面に手をかけて外した。素の白皙があらわになる。ユリッサはふたたび笑った。
「やはり思ったとおりだ。覆面をしていてもお美しさはかくせませんが、外したら太陽が雲から出てきたようだ。そのほうが良いですよ、メリサリアさま」
「うう。あんまりそんなふうに褒めないでください。溶けちゃいます」
クオリンドがなかば呆れ、なかば感心したように彼女を見やった。
「あいかわらずの女たらしだな。いったいどこからそんな言葉が出て来るんだ」
「わたしは思ったことをそのまま口にしているだけです。団長もそうしたほうが良いですよ」
「わたしだって正直に話しているが」
「それなら、女ごころがわかっていないんですね。団長、女性は花、賞賛という水を浴びて初めて華麗に咲き誇るものなのです」
「ああ、そうかい」
クオリンドはあえてか反対すらしなかった。
ユリッサはメリサリアの素顔をじっと見つめながら、陶然とため息を吐いた。
「わたしはすべての女性の讃嘆者ですが、それにしてもメリサリアさまのお美しさはまさにこの世のものではありませんね。どうしてその美貌をかくしてしまおうなどとお考えられたのですか? あなたという日が照っていなければ、世界は闇も同然。男たちはみな枯れ果ててしまうでしょう。残酷なことをなさる。あなたの笑顔ひとつを得るためなら、どんな男でも死地に赴くことを怖れないことでしょうに」
メリサリアは赤面した。
「うう~っ。クオリンド、何なんですか、この人」
「ユリッサはいつもこうなんだ。慣れてください」
ユリッサの顔をちらりと見やると、彼女はかるく小首をかしげた。いったい何をいわれているのからないといった様子だ。ほんとうにいつもこういうふうに振る舞っているのかもしれない。
「くりかえしますが、わたしは自分に正直に振る舞っているだけです。団長のように美しい女性をまえにしてぶすっとしているのは罪です。団長はなまじ女性からちやほやされることに慣れているから、女性の価値がわからなくなってしまっているのですね。指揮官としては優秀でいらっしゃるが、男性としてはいかがなものかと思いますよ」
「そっくりそのままその言葉をおまえに返すよ。ユリッサ、おまえは騎士として、軍人としては天才的だが、その巧言令色にはついていけないね」
「わたしは女性を愛しているのです。それだけです」
「そうか」
クオリンドは疲れたように肩をすくめた。メリサリアはじつに十数年もつきあってきて、かれのこのような姿を見たことがなかった。思わずくすりと笑ってしまう。
「可笑しい。こんなふうにクオリンドがやり込められるなんて。若い女性で副騎士団長なんてどんな人かと思ったけれど、ユリッサさん、とても面白い方なんですね。でも、ユリッサさん自身も女でしょう? ご自分のことについてはどのように考えておられるんですか?」
「そう、わたしも女です。そのことを忘れたことは一度もない。しかし、わたしは自分自身より世の讃嘆の言葉を受けずに萎れている女性たちのために生きたいと思うのです。ほんとうならすべての女性が女であるというだけで褒めたたえられてしかるべきであるのに、男たちの怠惰のために疲れ、哀しんでいる女性はあまりにも多い。わたしひとりでできることは限界がありますが、それでもそういった女性たちに水をそそぐことこそ騎士としてのわが使命。そのように心得ています」
「素晴らしいわ。でも――」
メリサリアはちょっと縮こまった。
「わたしのことはそんなに褒めないでください。照れてしまうから」
クオリンドは肩をすくめた。
「わかるでしょう? 騎士団でいちばん女性に人気があるのはわたしではなく、このユリッサなんです。舞踏会や園遊会に出ると、いつも貴族の令嬢たちに取り囲まれるんですから。もし男だったらどんな女たらしになっていたことか、空恐ろしいくらいですよ」
「恐縮です」
ユリッサは平然とうなずいた。