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16.騎士の誇りにかけて。

 月日が過ぎ去る速度は、「その日」が来てほしくないと願っているときほど速いものである。メリサリアのばあいも、やはりそうだった。


 クオリンドがひきいる王立騎士団に随従する日は、予想外にあっというまにやって来てしまったのだった。


「ね、ねえ、クオリンド。やっぱり、わたし、やめようかな」


「いまさら何をいっているんです? あなたが付いて来る人はすでに騎士団の全員に知らせています。いまになって行かないなんてわけにいかないですよ。それに、お礼のお菓子はもう一部食べてしまったでしょう?」


「……いじわる」


 ふたりが他愛ない話に興じているのは、シークラーン国の王都カサリンガの一画、騎士団の土地である。


 騎士たちの寮舎を初め、さまざまな施設がととのっているその場所を、メリサリアは訪れたわけなのであった。より正確には、クオランドにひきずられて来たのだ。


 彼女は顔がわからないよう、覆面を身につけていた。いったい、そのような行為に何かしらの意味があるのか、どうか、自分でもわからない。


 それでも、聖女の正体が露見することはそれほどにいやだった。どうしてもばれたくなければ力を使わなければ良いのだが、けが人が出れば使ってしまうであろう自分のことがメリサリアはよくわかっていた。


 だから、このような露骨に怪しい、不審人物としかいいようがない格好をしてきたのだ。


 おそらく、すべて何の役に立つはずもなかったかもしれないが。


 そもそも、彼女の最も印象的な特徴である、その瑠璃色のひとみをかくさなければ、何をかくしたことにもならないであろう。


 しかし、クオリンドは心優しくそのことは指摘しなかった。あるいは、指摘したほうが優しかったかもしれないが。


「まあ、良いです。とにかく騎士たちに紹介するから行きますよ。はぐれないようついてきてくださいね」


「怖いよう。騎士なんて、どうせ筋肉のかたまりみたいなお兄さんたちばかりなんだ。わたしみたいな華奢な女の子は近づくと取って食われるんだ。ああ、お菓子の誘惑に負けてついて来たりするんじゃなかった」


「すがすがしいまでに露骨な偏見ですね。聞かなかったことにしてあげましょう。騎士たちのまえでそんなことをいったら、それこそ取って食われるから注意してください。さあ、迷子にならないよう手をつないで」


「――え?」


 メリサリアはクオリンドがさし出した手を即座に握り返すことができなかった。


「えっと」


 かれがそのまま手を収めないので、おずおずと自分の手を差し出す。すると、その指さきを掴まれた。


「ほら、捕まえた。これでもう、逃がしませんからね」


 シークラーンの第三王子にして王立騎士団の若き団長である男はただのいたずらっ子の少年のように笑った。


 メリサリアはどうしようもなく照れてしまうのを感じながら、かれにひっぱられてそのあとに従った。


 そうして、しばらく歩き、宿舎のまえのひらけた場所にたどり着く。そこに、合わせて二十名ほどの、それぞれ鈍くひかる甲冑に身を包んだ騎士たちが整然と直立していた。


 それらの騎士たちのまなこが、メリサリアの姿を見とどけて、一瞬、好奇の光を放ったように思われたのは、彼女の思い込みにしか過ぎなかったであろうか。


 そして、メリサリアはそのなかにひとり、見るからに花やかな女騎士の姿を見咎めた。


挿絵(By みてみん)


「団長どの、全員そろっております!」


 彼女はその場で直立したまま敬礼した。クオリンドは鷹揚にうなずいた。


「ご苦労。以前に話しておいたメリサリアどのだ。彼女はある特殊な能力を有されていて、それが今回の〈ハイ・グリフォン〉狩りに役立つと考えたことから、協力していただくこととなった。なお、以前にも話したように、その能力については一切の口外を禁じる。もし、そのことが外に漏れたときには、国家に対する反逆として受け取らせてもらう。わかったな?」


「はい!」


 騎士たちは一斉に地に轟くような返事をした。


 メリサリアは圧倒されて、逃げだしたい気分だった。かつて、子供の頃、何者かの陰謀に嵌められたクオリンドを守って壊滅した騎士たちの亡骸から、そのたましいを天に導いたこともある彼女ではあったが、あれは怖いもの知らずの子供だったからできたことに過ぎなかったと思えて来る。


 メリサリアはどうにもこの種の暴力にたずさわる人間が苦手なのだった。そのことを見抜いたのか、どうか、女騎士がいくらか温和に話しかけてきた。


「メリサリアさま。わたしは騎士団副長のユリッサと申します。むさくるしい連中ですが、どうか気にしないでください。騎士の誇りにかけて、決してあなたさまに危害を加えるようなまねはさせません。もし、万が一、不埒なまねをしでかすような不心得者があらわれたなら、五体満足では王都に帰させませんのでご安心ください」


「は、はい」


 そのどこで安心しろというのだ、といいたくなったが、そうはいえない。メリサリアが手を差し出すと、ユリッサがそれを力強く握り締めた。

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