13.ありがとうございます。
「そうそう我が騎士団に裏切り者が出るとは思えませんが、たしかに人の口を封じることはむずかしいかもしれませんね。酒でも呑んだときにうっかり口にしてしまう可能性が皆無というわけにはいかないでしょう。あなたがご心配になるのも当然です」
「そうそう、そういうことをいいたいのだよ。クオリンド、あなたもわかってきたね」
クオリンドは偉そうにふんぞり返るメリサリアを眺めながら、次の一手を考え出した。
「それでは、こうしましょう。あなたに力を使っていただくことは求めません。ただ、もしもの時のために同行だけしていただけませんか。力を使う機会がなければ良し、もし、騎士たちのなかに重傷を負う者が出たりした場合は助けていただく。それなら、あなたが聖女であることは発覚しない。そうでしょう?」
「だ、だめだよ」
メリサリアはふるふると首を振った。
「〈ハイ・グリフォン〉があいてなんだよ? けが人は出ることはまちがいないし、そうなったらわたしは力を使わずにはいられない。目の前でけがをする人がいるのを見て放っておくことなんてできるはずないよ」
「そうかもしれません。しかし、あなたが行かなくても重傷を負う人間は出ます。そのとき、あなたがそこにいればかれらは助かるかもしれませんが、そうでなければ死んだり、不具になったりすることでしょう。あなたはそれでも良いのですか?」
「ずるい」
メリサリアは哀しげにうな垂れた。
「そのいい方は卑怯だよ」
「――そうですね。申し訳ありません」
クオリンドは大きく嘆息した。このような詭弁を弄するつもりはなかった。あくまで正面から彼女を説得する意思があったのだ。それなのに、どこかで歯車が狂ってしまった。
かれは状況を立て直すべく、椅子から立ち上がり、ふたたび、彼女のまえにひざまずいた。
「レディ・メリサリア」
顔を上げ、彼女の宝石の目を見つめる。
「わたしたちにはあなたのご助力が必要なのです。どうか、そのたぐいまれなお力を我々にお貸しください。騎士たちは一命に代えてあなたを守ることでしょう。それが騎士という生き方。わたしたちは、この世の美しいものを守り抜くため、力を磨いているのです」
「そんなことをいわれても――」
メリサリアは困惑したように眉をひそめた。しかし、クオリンドもひき下がることはできない。
「お願いします。わたしは騎士団長として、なるべく少ない損害で〈ハイ・グリフォン〉を打ち取る算段をしなければならない。しかし、無能なわたしに思いつくことはあなたのお力を借りることだけだったのです。あなたがいるのといないのでは、騎士団の実害はまったく違って来るはずです。おそらく、あなたが来てくだされば、死者が十人も減るでしょう」
メリサンドは視線を真下に落とし、何か考え込むように見えた。そして、しばらくののち、彼女は目をほそめ、ほそいあごを突き出すような体勢になった。
「お菓子!」
短く告げる。
「お菓子をたくさんもらうからね! いい? わたしはお菓子に目がないから、王室のお菓子をくれるあなたにしかたなく協力するんだよ。わかった?」
「メリサリア……」
クオリンドは、感動のあまり言葉が出ず、ただしずかに彼女のそのきゃしゃなてのひらを取ってゆっくりくちびるを圧しあてた。
「かならずわたし自身の手であなたを守り抜くことを誓います。これは神聖な騎士の誓い。決して違えることは許されず、もし違えたそのときは一命をもって代償とする誓約です。ああ、メリサリア、あなたはほんとうに素晴らしい人だ。あなたと逢えて良かった」
「お、お、お、お――」
メリサリアはまるで風呂上がりのように頬をまっ赤に染め上げていた。
「お菓子! いいからお菓子をちょうだい! いっておくけれど、質も量も最高のスイーツじゃないとダメだからね! わたしはあくまでそのためい協力するだけなんだから。何か勘違いしたりしないでよね。個人的な感情は関係ないんだからね」
「わかっています。ありがとうございます」
クオリンドはちいさく首を振った。
「メリサリア。あなたはむかし、わたしの母を初めとする幾人もの人たちを救ってくれた。そしていま、わたしのかけがえのない仲間たちをも助けてくれるという。わたしの感謝は言葉ではとても足りるものではありません。もちろん、単にスイーツの三つ四つなどでも表わし切れない。いったいこの想いをどうあなたに伝えたら良いのだろう。あなたが受け取ってくれるなら、王家に伝わるダイヤモンドの首飾りだって差し上げるのに」
「い、いらないよ! わたしにそんなもの、似合わないもの」
「そのようなはずはない。きっとだれよりも美しく身につけてくださるに違いありません。ですが、きょうはこれでお暇するとしましょう。あしたにも騎士団から迎えを寄こします。お礼のチョコレートケーキやオレンジババロアも近いうちに届けましょう。少しだけお待ちください。それでは、失礼します。メリサリア。わたしの聖女」
クオリンドは感きわまった様子でその場で一揖すると、踵を返し、去っていった。
あとには、ただ呆然と座り込むメリサリアひとりだけが残されたのだった。




