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輝鑑 後世編纂版  作者: 担尾清司
第三部第一話:決起(設置用略題)

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第悟參(83)章:六甲機秋の風更けて陣雲明るし琥陽湾(仮題)

 垣屋続成の挙兵は、幕閣に少なからぬ衝撃を与えた。否、衝撃を与えたなどという生易しいものではない。幕閣は完全に予想外の行動を取る続成に対して、急ぎ討伐令を出すと共に、上司格であるはずの山名家に対して詰問の使者を送った。

 本来なら、幕府から討伐令が出たら守護ですら弁明の使者を送るものであり、少なくとも今迄の敵対勢力はそうしてきた。

 だと、いうのに。

「そもそも足利幕府とは何であるか。天朝様を蔑ろにし、あまつさえ孫の代には天朝様を乗っ取ろうとした大悪人の一族にして逆賊同然の悪党である。そして藤原氏とは何であるか。天朝様の威光を嵩に着て、荘園という形で脱税を行い、本来天朝様を仰ぐ筈の民を半ば国家ぐるみで拉致し、結果として一族による独裁政権を公家という形で築き上げた。最後に坊主とは何であるか。藤原氏の前任である蘇我氏を唆し、神社に寄生して美味い汁を独占し、民には仏罰や地獄などという子供だましの説法で脅し、自身は寝て暮らし酒を飲み女を抱く生臭共である。

 故に、我々は此より、天朝様をお救いし民が再び天日を拝めるようにすべく進軍する義軍である。数は遙かに少なかれど、正義というものが我らの側に存在するのであれば、必ずや京山城の内裏にて、天朝様を拝謁し逆賊共を滅ぼし新しき、近き世を作り出すであろう。

 進め、我らが兵士達。富良東衆を中核とした義軍は、此より上洛して逆賊を討ち滅ぼし、天朝様をお救いして我らの領内へ保護するのである」

 ……前人未曾有の、出陣時の演説は、垣屋家の軍勢を嫌が応にも活性化させた。そして、それを見た山名家の使者は、幕府から来た詰問の使者に対してそれを見せつけ、斬り殺しこそしなかったものの「あれを止められる能力は当方には無い」と半ば追認する形で追い返した。

 後に語られるに曰く、「垣屋時代」の黎明期はこの文明十七年六月下旬、後代で言う所の2145年9月28日、当時の南蛮紅毛暦風に言えば1485年9月9日……いや、ユリウス暦だから8月31日か、から始まったとされている。それはつまり、垣屋続成が公方を、否、室町幕府自体をひっくり返すことを宣言した決起集会を以て始まりとされており、その「垣屋時代」は概ね、三百年以上は続くことになる。

 朝廷の日誌によると、六月十九日の夜。わざわざかがり火で垣屋続成をライトアップした立秋涼風至の日取りであった……。

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