第肆肆(68)章:朝倉宗滴という少年 03
「い、今、なんと?」
朝倉教景は、人生で初めて戸惑った。と、いっても、彼はまだ人生経験も豊富ではない。地頭こそそれなりに優れていたが、実際のところ彼の本質はむしろ猛将面であって、謀将でもあったが、それは猛将面を支える程度の謀将面であった。
故に、彼は困惑した。眼前の小僧は、西軍側に加われというわけでもないのに、自身の味方をせよという。しかも、事実上敗軍の将の自分に対して、礼を遇するというよりは事実上友軍として鞍を並べよという。今一度書くが、朝倉教景の立場は敗軍の将であり、同時に西軍にとっては賊軍同然の状態である。それに対して、手を差し伸べるのではなく、ともに戦おうという言葉。常識では考えられなかったし、そもそもそれすらも、一向一揆相手の同盟であって、事実上条件はないも同然であった。
「どうだろうか。貴殿にとっても一向一揆は邪魔であろう。ここは一つ、人助けだと思って協力してくれないだろうか」
一方の続成は、単に加賀を征討するための通り道として越前を通ろうと思っただけで、それ以上の意味合いは存在しなかった。せいぜい、朝倉教景を誘ったのも後の朝倉宗滴話記に相当するであろう文書で賢者側として書いてもらおう、程度にしか考えていなかったのだが、それがどれだけ常識外れの申し出か、ということを彼は完全に失念していた。
「畏れながら、一向一揆を討伐した後はいかがなさるおつもりで?」
朝倉教景は、先を見たくなった。ひょっとしたら、眼前の孺子(彼もまだ人のことを言えない年齢ではあったが)は予想以上の傑物なのではないか、とも思い、同時にその「傑物」が味方の立場をとっているのならば、朝倉家もそれなりに安泰なのではないか、とも考えていた。
まあ尤も、朝倉家は彼がいる限り安泰であり、死後もそれなりには保てるのだが、それは知らなくても問題なかろう。
「別に。この時期の生臭念仏坊主焼き滅ぼせれば、加賀の地はどうでもよい。……ああ、とはいえ白山の菊理姫神社は保護する必要はあるか」
朝倉教景は、耳を疑った。この時期にあくまで領土欲や権勢欲などではなく本来の意味で国をよくしようとする人間がどれほど存在しただろうか。それは間違いなく、他の武将とは異質であり、同時に痴人でもあった。だが、彼は痴人の夢を成せるだけの才覚が存在した。故の、決断である。
「それでは、我々が加賀をもらってもよろしゅうございますか」
そして、朝倉教景は賭けに出た。眼前の孺子がそれほどの持ち主であれば、決して分の悪い賭けではなかった。