第肆貳(66)章:朝倉宗滴という少年 01
この回の「第肆貳章」は十六進数で42なので、つまりは66話目ですねorz
こういうミスはよくやらかす(大分前に、「輝鑑」こと無印原本で計算をミスって10万貫を1000万円扱いしたことがある)ので、もし気づいた方は……って、なろうじゃ閉じてたから指摘もできない、か。
……たまーやー……(発狂
文明十七年五月十五日、敦賀・金ヶ崎を抜けて南仲条郡にて陣を構える垣屋続成の下へ密かに駆け寄る者が存在した。当然、歩哨の足軽に捕縛されたのだが、その名を聞いた垣屋続成は速やかに直談判を申し出た。と、いうのも……。
「本当に朝倉教景なのか?」
この時期の朝倉教景つったら、十中八九後の宗滴だろう。違ったとしても、朝倉家一門衆を捕らえたとあっては絶好の交渉材料となろう。後で捕らえた歩哨には褒美をやるとしようか。
「は、ははっ。本人はそう申しておりますが、ご存じなので?」
おや、あの殿が知っているとは珍しい。遠眼鏡の対象なのだろうか。あるいは、それとも……。
「あ、ああ。名だけであれば、俺も聞いたことがある」
存じているもなにも、朝倉宗滴話記はかなり有名な史料じゃないか。信長推しはどうも怪しいらしいが。
「念のため、申し上げておきますが……」
と、扇子を広げ始める家臣。うん、密談の合図だ。耳を近づけてやろう。とはいえ、なぜ今なんだ?
「なんだ、小声でないと言えんことか」
こちらも、若干声を低くしてみる。まさか、命を狙ってくるとか? ……やりかねん。朝倉宗滴と言えば、この当時はまだ若造(作者訳注;人のこと言える年齢か貴様)だが、それでも栴檀は双葉より芳しとも言うしな。注意だけは払っておくか。
だが、家臣団の一人が密談の合図を作ってまで話した内容に、彼は少々がっくりくることとなる。と、いうのも。
「……朝倉敏景殿のことではございませぬぞ」
朝倉敏景。斯波軍の最精鋭部隊にして、今や細川方に回った希代の梟雄である。主殺しこそしていないものの、したも同然のことを行った守護代上がりの彼は、巧みな話術や修辞学を使って幕府から越前守護同然の地位を実力行使も含めてもぎ取った謀略家にして、軍事的にもこの当時12000もの兵を並べることのできる一種の傑物であった。傑物と言っても、経歴を見れば理解できるとおり別に善性の人間ではないのだが、ベクトルが悪の方向なだけで、長さは傑物と言える実力の持ち主であった。
「……英林孝景の息子で、現守護代の弟だろう。確か、俺の五歳上だったはずだが」
えーりんの字があってるかどうか自信はないが、朝倉宗滴は相当長く生きているからな。この当時の武将の子であってもおかしくはないし、1555年まで生きてたことを考慮した場合、この時点で殺しておいてもいいのだが、仲間にできるならしてしまおう。……まあ、騙しきれるかどうかは、甚だ難しい、っつーか無理だけど。
「……試すようなことを申して、申し訳ございませぬ。殿はたまに、世間知らずな面がございますが故……」
「ああ、別に詫びんでええ、そうか、朝倉宗滴と会うことになったかー……」
そうてき? と疑問符を浮かべる家臣を捨て置いて、対朝倉宗滴用の軍略を練り始める続成。頭脳の柔軟性は高めな上に知識は非常に豊富な彼のことである、はっきりいってそれはそこいらの謀将にも匹敵ないしは凌駕しうるだけの器量の持ち主であった。そして、彼は一つの結論を導き出す。
「よし、この策で行こう。朝倉教景の武装を外させた後に、縄を解いてやれ。対談がしたい旨は既に伝えたが、こちらも武装を解除しておこう。……くれぐれも、謀殺はするなよ?」
「……は、しかし……」
案の定、困惑する家臣団。まあ、相手の力量を考えれば無理もない、か。
「ちょっとした細工だ。運が良ければ朝倉家をまるごと味方に加えられるやもしれん。さすれば、労せず越前を勢力圏に入れることも可能だ」
というか、斯波氏も越前国に愛着があるわけでもなかろうし、管領と共に畿内のどこかの領国を独立保障することを表明したら、それなりに我慢してくれるだろ。
「……そう、巧くいきますかな?」
若は、偶に常識外れに事態を楽観視為さることがある。……いざという時は、我等が泥を被る必要があるな。
「やるだけは、やってみるさ。では、幕を広げて迎え入れてやれ」
「……後悔、なさいますな?」
斯くて、歴史は徐々に、しかし確実に動き始め、続成は天高く名声を築き上げる。
それはそうと、近々但馬へ取材旅行に行こうかと計画しております。
編集部とかはまだ未所属なんで、全費セルフですが……。
目標はもちろん、今後の「輝鑑」プロジェクト(この場合、計画でも作戦でもどちらでも意味は通る)における、密度の充実化でございます。特別展とかやってるらしいので、見るなら今だぎょ。




