第參菊(62)章:丹後錯乱 04
なんだ、これは。
「何が起こっている!」
吠える足軽組頭。魚鱗陣で吶喊の絶叫を上げたものの、四半刻経過した今、倒れ伏す屍が自軍の足軽だけであったことから彼は焦り始めていた。彼の目には見えぬ程度に遠い川の向こうから発生している爆音の結果がそれであることは彼もなんとなく予測が付いていたが、その正体が不明であった。まだ、奇術妖術の類いであると言われた方が、納得いくほどであった。
「わかりません、討ち死にした足軽の傷痕にも、せいぜい礫しか……!!」
足軽組頭に問われたある足軽――何らかの治療行為らしきことをしていることから恐らく金創兵であろう――が行っている検分が正しければ小さな鉛の礫が胴丸ないしは腹巻、つまりは足軽の装備している鎧を貫通し肉の部分にまで届いた後に変形していることから、刺し傷や矢傷などと同様の致命傷であろうと見ており、その検分結果は正しかったのだが、足軽組頭にとってその検分は満足いくものではなかった。
無理もあるまい、見た感じでは小さな鉛製の礫が肉にめり込んだ程度にしか見えず、それが致死に至る傷には彼の目にはどう見ても見えなかったからだ。
「阿呆! 斯様な鉛の礫が当たったくらいで死ぬわけが無かろうが!」
「しかしっ……!!」
……鉛が毒である旨が常識になるまで、軽く四半世紀は前の戦であり、更にはその鉛が毒であることも続成が知らしめたわけで、彼等がそれを知ることなどあり得ることでは、無かった。
一方、垣屋続成の陣取る鉄砲部隊では……。
「撃てーっ!!」
足軽組頭ないしは足軽大将らしき人物がかける号令と共に交差状に布陣した鉄砲部隊が蝶番を開けて竹筒にしまわれた早合――いわゆる雷管無き時代の実包と言える――をはめ込み歯輪を回して竹筒の中の火薬に着火させて次々に鉛玉を放ち続けていた。
竹筒に火薬と弾丸を詰め込んだ早合を鉄砲機構の内部に素早くしまい込んで発砲するにはやはり元込めの方が素早かった。とはいえ、先込め銃の方が安定して発砲できることから、狙撃ないしは単発で事足る任務の場合は彼も信頼性の高い先込め銃に頼ることもあったのだが、弾幕を張る場面では銃架の一発よりもより多くの弾丸を戦場に届けることを優先するため、彼は元込め銃を開発し、後に塹壕戦までを開発するのだが、今は未だ伏せ撃ちの必要性もない状況であり、脳裏構想に留まっていたのだが。
「弾幕を絶やすな、銃撃が遅れればそれだけ味方が死ぬと心得よ!」
足軽大将の中でも古参と思われる指揮官格の人物が叱咤激励をかける。それは事実であったし、彼の麾下の足軽もまたそれをきちんと心得ていた精鋭であった。そして、叱咤激励をかける足軽大将の補足を行うが如く歴戦の足軽組頭が続けて更なる鼓舞を行う。
「焦って味方には当てるなよ! 非がないのに後ろから傷を受けたとあってはなんと詫びたら良いかわからんからな!」
「……前線はどうなっている」
あまり良い顔をしていない続成、局面としては一方的に武田軍を打ち据えていたのだが、その優勢が補給行動の円滑化によって支えられていることをよく理解していた彼は状況を幕僚に尋ねた。そして、幕僚もまた補給の重要性を知る人物であり、兵員喪失人数と備蓄物資の順番に答えていた。
「はっ、現状死者は御座いませぬ、そして火薬の備蓄も十全にございます!」
返答にまだ満足していないのか、それとも何か別の算段があるのか、苦い顔をしたままの続成は援兵ないしは切り札の存在を尋ねた。その切り札とは、まあ言う必要も薄かろう。
「……飛行船部隊は」
「現在、丹後より発進準備中でございます!」
垣屋続成が実用化させた飛行船、つまりは空軍は後の飛車――いわゆる読者世界でいうところの発動機付飛行「器」――によって事実上の王座追放までは縦横無尽に空を駆け抜け、戦略爆撃以外にも要人輸送や早馬代理、物資輸送など数多くの任務に従事することとなる。ゆえに、この飛行船部隊には明確に「譜代」である旨とその「譜代」の中でも歴任の人物であることと戦功豊富な人物であることが求められた。
「……よかろう。現状の維持を続けよ。間違っても敵が退いた際に追撃はせぬようにな」
そして、続成は自身の戦略的意義をよく理解していた。並みの将であれば追撃命令――つまりは、戦果を最も多く稼げる場面――を出す所を、その追撃を控えるように命じていた。理由は言うまでもあるまい、彼達の任務は防御であり、追撃は攻勢であったからだ。攻勢防御という言葉が、未だない時代である(尤も、続成はその概念があったのだが、彼がここで命ずる防御は、守勢防御の類いであった)。
「……ははっ」
斯くて、戦局は続く。




